メキシコの麻薬特別捜査部隊が大統領の意向で解散:理由は米国に協力したくないから

メキシコの麻薬特別捜査部隊が解散

米国に密輸入されている麻薬の最大の発送元はメキシコ。昨年だけでも米国内で麻薬の過剰摂取による死者は10万人を超えた。米国内で麻薬の流通を撲滅させるべく戦っているのが麻薬取締局(DEA)だ。麻薬の発送元であるメキシコでDEAにこれまで協力して来たのが特別捜査部隊(SIU Sensitive Investigative Unit)という組織だった。

米国での麻薬取締にはSIUの協力は欠かせないものになっていた。ところが、メキシコのアンドレス・マヌエル・ロペス・オブラドール大統領はSIUを昨年4月に解散させていたことがつい最近発覚したのである。それが今までメディアの前に隠されていた。またDEAの方でもこれまでの麻薬取締業務に支障を来さないようにそれを明らかにしなかった。

DEAの元チーフだったマイク・ビジル氏はロペス・オブラドール大統領の意向でSIUが解散して米国とメキシコの安全面での協力が制限されるようになったことは両国にとって損傷をもたらすことになるとした。その上で、「それは麻薬が米国に更に流れ込むことを容易にし、メキシコで暴力がさらに蔓延ることを意味するようになる」と指摘した。

更に、昨年はメキシコで3万3000人が殺害されているという現状を前にしてビジル氏は「殺害の大半が犯罪組織によって実行されており、その組織を調査追跡して行くエリートグループを解散させたというのは理解できない」と述べた。そして「メキシコは自分の足に銃弾を撃ち込んでいるようなものだ」と断言した。(4月19日付「エルパイス」から引用)。

麻薬特別捜査部隊の解散理由

SIUは1997年に創設された組織で50人余りで構成されていた。15ヶ国に情報網を持ち米国のDEAにとって必要不可欠な組織となっていた。彼らは米国で訓練を受けていた。

ロペス・オブラドール大統領がSIUの解散に踏み切ったのは次の3つの理由がある。①2017年にSIUのチーフだったイバン・レイェス氏が逮捕されて米国の法廷で有罪の判決を受けた。罪状はメキシコのある麻薬組織(カルテル)に情報を流してその見返りに報酬を受けていたという理由からだ。

②ペーニャ・ニエト前大統領の政権下で国防相だった4星のシエンフエゴス将軍が2020年10月に家族旅行で米国ロサンジェルス空港に到着して直ぐにDEAに逮捕されるという事件が起きたことだ。逮捕された理由は、同氏が米国への麻薬の密輸入にメキシコのカルテルのひとつベルトゥラン・レイバに協力していたということからだった。

しかも、この逮捕がメキシコ政府にとって寝耳に水という出来事であった。メキシコ政府には内緒でDEAが独自に捜査を進めていたからだ。というのも、メキシコ政府にそれを事前に知らせると情報が筒抜けになるからであった。その上、メキシコでは軍隊は政府に多大の影響力をもっており、同将軍の逮捕を政府が阻止する可能性が十分にあったからである。

これまでDEAはメキシコ国内で50人余りが駐在していたが、ロペス・オブラドール大統領はシエンフエゴス将軍の米国での逮捕はメキシコの国家の尊厳を傷つけるものだとして米国の前トランプ政権に圧力を掛けてシエンフエゴス将軍の起訴を取り消すように要求。さもないと、DEAのメキシコに駐在している諜報員を全員国外に退去させると脅したのであった。結局、米国の法廷は彼の起訴を取り下げメキシコの法廷で裁くことで合意。それが意味するものはシエンフエゴス将軍の無罪は確実だということだった。何しろ、メキシコで元将軍を有罪に出来るだけの力が法廷にはないからである。

③ロペス・オブラドール大統領は大統領に就任してから軍隊と警察を合わせたような防衛隊を創設。これが麻薬組織などを取り締まる役目を担うために創設した部隊である。だから防衛隊を成長させて行けばSIUのような米国のDEAに依存した組織は必要なくなると判断しているのである。

オブラドール大統領はバイデン大統領と反りが合わない

しかも、米国でバイデン氏が大統領に成ると尚更米国に協力する姿勢を拒否するようになった。例えば、バイデン大統領は自然エネルギーの開発をメキシコにも推し進めているのに対し、ロペス・オブラドール大統領は鉱物資源によるエネルギーの開発に力を入れる意向を持っておりバイデン大統領とは考え方を異にしている。米国のビール醸造企業のメキシコでの投資についても環境保護を優先して既に建設が進んでいる最中にも拘らず住民投票を実施して問題の企業の撤退を余儀なくさせた。この投資はメキシコの前政権時に既に承認されていたにもかかわらずだ。

このようなことからロペス・オブラドール大統領は米国がメキシコの尊厳を損なうような行動には協力しないという姿勢を強く表明するようになっていた。そのひとつがSIUの解散である。何しろ、SIUが存在して来たのはDEAがそれを支えて来たからでああった。そしてSIUが行っていた業務は検察庁の中に組み込ませたのである。

しかし、カルテルの活動を抑える意味でもロペス・オブラドール大統領が創設した防衛隊の有効性はカルテルの脅威の前に今も見られない。