ロシア軍のウクライナ侵攻前後のショルツ3党連立政権内(社会民主党=SPD、緑の党、自由民主党=FDP)の動きを独週刊誌シュピーゲル4月30日号のタイトル記事「Die Olivgruenen」を参考にしながらスケッチした。
緑の党が武器供給を認める
連合政権内でウクライナへ武器供給を最初に口に出した閣僚は「緑の党」のロベルト・ハベック副首相(経済・気候保護担当相兼任)だ。ハベック氏(52)はウクライナ戦争が勃発する前にウクライナ東部のドンバスを視察し、そこでウクライナへ武器供給の必要性を痛感したという発言の内容が伝わると、「緑の党」内で「ウクライナに武器を供給すべきか」でホットな議論があった。
「緑の党」は環境保護政党であり、対外政策では平和主義を一貫として主張してきた政党だ。ハベック氏の主張に党内は動揺した。アンナレーナ・ベアボック外相(41)は武器の供給は認められないと反論した1人だったが、その数日後、「ウクライナへの武器供給を推進すべきだ」とその立場を180度変えている。同外相はウクライナの戦地を視察し、欧州各地を訪ね、ウクライナへの武器支援の必要性を説くために飛び回っている。
一方、ショルツ首相(63)は2月22日、ロシアとドイツ間のロシア産天然ガス輸送パイプライン建設計画「ノルド・ストリーム2」の承認を停止した。同月26日、ウクライナに1000個の対戦車兵器と500個の携行式地対空ミサイル「スティンガー」など、防衛武器の供給を決定。
同月27日には、ショルツ首相は連邦議会(下院)の特別会期で、「ドイツ連邦軍特別基金」を通じて軍隊の大幅拡大を発表、この目的のために基本法を変更したいと主張。具体的には、「2022年の連邦予算はこの特別基金に1000億ユーロ(約13兆円)の一時的な金額を提供する」と述べ、国防費の引き上げを表明した。
SPDは武器供給に消極的
しかし、ウクライナ側が重火器の供給を要求した後、SPDは重火器供給では強い抵抗を示した。ゲパード対空戦車のウクライナ供給では最後まで決断を渋ったのは緑の党でもFDPでもなく、与党第1党のSPD、それもショルツ首相だった。
ショルツ首相はシュピーゲル誌とのインタビューで、「ウクライナ戦争が第3次世界大戦につながる危険性を避けなければならない。核戦争があってはならないからだ」と強調し、ドイツ製の重火器供給が戦争を激化させる危険性があるという認識を明らかにした。
ウクライナのクレーバ外相は、ドイツを名指しこそ避けたが、ロシアの侵略を阻止するための重火器をウクライナに供給したくない国は「偽善」だと非難している。
参考までに付け加えると、「ノルド・ストリーム2」計画の停止、ウクライナへ武器供給を推進させるなど、戦後から続いてきたドイツの国防政策、対ロシア政策を根本から変えたのはショルツ首相ではなく、「緑の党」のハベック副首相だ。
ハベック氏は現在、ロシアからの天然ガス、原油輸入の停止を控え、ロシア依存のエネルギー政策からの脱皮のために奮闘中だ。メディアでいわれる“ドイツ政治の激変”はショルツ首相の政治的イニシアチブからというより、ハベック副首相の決断力によるものが多い。
最近、28人の知識人たちが武器供給の停止を要求する公開書簡を出した。それに対し、ショルツ首相は、「私は平和主義者を尊重しているが、武器なしでプーチンの攻撃から国を守れとウクライナ国民にいえるだろうか。皮肉に受け取られるだけだ。そのような平和主義は時代遅れだ」と檄を飛ばし、「戦争首相」として強い指導力を誇示したばかりだ。実際は「時代遅れ」と言った自分の言葉をショルツ首相自身が何度も心の中で反芻しているのではないか。
ハベック氏は公開書簡に対して週刊紙ツァイトで、「彼ら(28人の知識人たち)の議論から何がもたらされるのか。ロシアに土地の一部を占領され、女性たちはレイプされ、多数の国民が殺されるだけだ。それは正しいとは思えない」と反論している。
緑の党は「平和主義」を卒業したのか
戦後から75年以上、欧州大陸では戦争はなかったこともあって、平和主義が社会に定着している。その社会に突然、最も忌まわしい戦争が起きた。欧州の平和主義者はその対応に苦慮しているわけだ。ただし、ウクライナ戦争の場合、被害者と加害者は明確だ。プーチン大統領は国際法に違反して自由な独立国を攻撃し、都市を破壊し、民間人を殺害しているからだ。
ドイツの「緑の党」は久しく平和主義を党是としてきた。同党のヨシュカ・フィッシャー氏がシュレーダー連立政権下で外相に就任し、1999年、連邦軍をコソボに派遣した。その結果、フィッシャー氏は党大会で反戦支持者から赤い塗料の入ったカラー・ボールを投げつけられ、鼓膜が破れるなど負傷した。
ハベック氏も地方の党集会で「戦争扇動者」という批判を受けている。「緑の党」が平和主義信仰から完全に抜け切れるまでにはまだ時間がかかるだろう。
ただ、「緑の党」はハベック氏が登場し、メルケル政権時代のロシア政策と過去の党の平和主義から別れを告げ、国防問題にも積極的に関与す政党に変わってきたことは間違いない。
ハベック氏自身、「国防問題と環境保護は密接に関わっているテーマだ」と述べている。なお、シュピーゲル誌は「武器供給問題で『緑の党』の党指導部は一致している。党内で分裂があるのはショルツ首相のSPDだけだ」と評している。
戦後ドイツの政治にターニングポイントをもたらしたウクライナ戦争の停戦の見通しはまだ見えない。ショルツ首相、ハベック副首相、ベアボック外相らの真価はこれから問われてくる。ハベック氏の登場でドイツが世界の政治の表舞台に復帰する日が近づいてきているのを感じる。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2022年5月6日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。