「新型コロナ重症患者の約7割が実は軽症・中等症だった」の衝撃

森田 洋之

kiddy0265/iStock

衝撃のレポートを見てしまった。

国立感染症研究所が出している「広島県における新型コロナウイルス感染症の重症例・死亡例に関する実地疫学調査、2022年1月」というレポートだ。

広島県で「重症」と登録されている重症病床入院者のカルテを後からチェックしてその内容を吟味し、そこからコロナ新型コロナ感染の全体像を把握しよう、という趣旨のこのレポート。何が衝撃だったかと言うと、タイトルにもある通り、

新型コロナ重症患者の約7割が実は軽症・中等症だった

と言う部分。

レポートの当該箇所を簡単にまとめると、

  • 広島県で1月に発生した重症例は全27例。
  • そのうちオミクロン株25例のみを対象とし、そのうち24例のカルテを調べたら、うち15例は実は軽症・中等症の患者だった。
  • 本来重症でないのに「重症」と計上されていた理由は、
    ○基礎疾患やリスク因子により重症化の懸念があったので重症病床に入っていたから
    ○透析対応の可能な病床が重症病床しかなかったから
    ○重症例に付き添った軽症例だった

というところ。

重症例に付き添った軽症例? ちょっと驚きだ。まあ、たしかに子どもや認知症高齢者などで「付き添い」が必要なこともあるだろう。

ただ、少なくとも、その軽症の人を「重症」にカウントするのは市民が想定している重症病床のイメージとはかけ離れていると言わざるを得ない。もっと言えば、もし重症病床の診療報酬をとっているのならそれは、診療報酬の不正請求に当たるか可能性すらある。

そもそもの話、これまで国民は

「感染者・重傷者が増えると医療逼迫・医療崩壊がおこって、助かる患者も助からなくなってしまう!」

こんな恐怖のメッセージをテレビなどのメディアを通じて受け続けてきた。だからこそ緊急事態宣言や営業自粛などの痛みを受け入れてきたわけだし、だからこそTVなどのマスコミは「医療逼迫を防ぐ」ことを看板に掲げて大騒ぎしてきたわけだ。しかし、実際の現場の実態は全然違うかもしれないということをこのデータは示しているのだ。

でもなぜこんな単純なことが今までわからなかったのか?

その根本の原因は、日本の病院の経営方針や意思決定が「病院の自由」で運営されており、国の管理が行き届きにくいからだろう。病院は基本的に全てのデータを国に出すわけではない。それを良いことに(現場の実態は国にはバレるわけないので)とにかく報酬の高い「重症」ということにしておこう、重症病床もとりあえず埋めておこう、という経営重視の姿勢がまかり通っているのだろう(緊急整備されたコロナ報酬では特に)。

これは日本の病院の8割を占める民間病院で特にひどいのだが、今は公的病院ですら「経営」に追われ、収益の最大化(簡単に言えば満床を目指す)を求められている。となれば、公的病院のICUだって空いている病床は「埋める」という発想になるのは至極当然のことなのだ。

(実は多くの先進国では医療機関が国による公的運営のため収益確保のための「満床」は目指していない。また、病院内でどんな治療が行われているかは国に報告され一元管理されているのでそもそもごまかしが効きない。アメリカだけは民間病院が多くちょっと違うのだが、そのアメリカでは保険会社が医師の診療内容の一つ一つを細かくチェックして支払いの可否を決めるのでそれはそれで厳しいのが現状だ。ちなみに日本の健康保険は医師の診療内容についてほとんど口を出さない。形式的に「病名」さえついていれば、殆どの診療報酬がほぼ無審査で支払われる。)

ということで、本件を簡単にまとめると、

  • そもそも日本の重症病床・ICUでどんな治療が行われているかはブラックボックスで国にさえよくわからないシステムだった。
  • だけど、まあさすがにそんなデタラメなことにはなっていないだろうと多くの医療関係者は思っていた。
  • しかし今回のレポートで「重症のうち7割は重症じゃなかった」という、衝撃のデータが暴露されてしまった。

というところだ。

実は私が経験した夕張市の医療崩壊も同様だった。

「市内に一つだけの総合病院171床が19床の診療所になっちゃっても市民の死亡率や健康指標は変わらなかった(医療費は減った)」

という事実の裏には、おそらくそれまでの総合病院が無理に満床を維持していたという事実があったのだろう。(私はその時代の病院にいたわけではないので想像だが、多分そうなのだ。夕張市の詳細については拙著に詳細が載っている)

人は家畜になっても生き残る道を選ぶのか?

 

 

 

 

まあ、たしかに、重傷者が最も多かった第5波(昨年8〜9月)では、病床使用率が90%を超える地域もでていた。医療機関に入院できず自宅で亡くなってしまう人が出たり、本当に悲惨な事態となっていたのは報道のとおりだ。なので、その時点・その地区では今回のレポートの実態とは違って医療崩壊も起こっていたのかもしれない。

出典:厚労省

しかし、その時点・その地区においても、その地区の重症病床でどんな治療が行われていたのかは、結局の所不明なのは変わりない。「医療逼迫していただろう」というのは予想に過ぎないのだ。

そんな曖昧なデータで我々の行動が制限されていたのだ。

更に衝撃なのは、こんなにすごいサンプルデータが出てきたのだから、早速全国調査をやるべき!と思って当然のところだが、

「おそらく今後、誰もそこを調べようとしない」

という事実だ。

たしかにこうしたデータを得るためにはカルテを一つ一つチェックしていく必要があるので、かなりの労力になる。でも、それなりのお金をかけて本気で調べれば全ての実態が明らかに出来る。コロナ予算に計上した77兆円のうち、1兆円も当てればお釣りが来るだろう(多分そんなにかかるはずもない)。

やればできるはずなのに…
国民は本質的にはそういうデータを求めているはずなのに…

そんな調査は一切行われる気配すらない。なぜ行われないのか本当のところはわからない。

お金の問題かもしれない。もしかしたら裏には既得権益を損ねたくない医療業界の意向があるのかもしれない。

でも、「医療崩壊」を盾に緊急事態宣言や営業自粛など国民に大きな犠牲を要求するのなら、少なくともその医療崩壊の背景データをしっかりと精査すべきなのは当然だ。

果たして我々医療業界は、誰のために医療を行っているのだろうか?

国民の健康のためなのだろうか?
病院の経営のためなのだろうか?
国のメンツを保つためなのだろうか?

国中を巻き込んだ緊急事態宣言や営業自粛・行動制限の根拠の一つだった「医療逼迫」がウソだったなら、こんなひどい話はない。でも国に任せていたら未来永劫本当のデータなど出てこない。

そこをしっかり監視し、追求するべきと声をあげていくのは、やはり国民一人ひとりの意識の問題にたよらざるをえないのだろうか。それが大きなうねりになっていく…そこにしか希望はないのではないのだろうか。