ウクライナのゼレンスキー大統領は、ドイツがロシアからガスを輸入し続けていることを激しく非難し続けている。
ただ現実には、ロシアのガスは今もなおウクライナ経由の陸上パイプラインを通って西に向かって流れている。しかも、4月12日付のスイス紙『ヴェルトヴォッヘ』オンライン版によれば、「その量は戦争の前よりさらに増えた」。それで儲かっているのが、他ならぬウクライナだ。
これが野球か相撲なら、間違いなく八百長試合と呼ばれていることだろう。
ウクライナとドイツのパイプライン
ウクライナの国土には、大きなガスパイプラインが3本走っている。まず、1本目はシベリアからくるパイプラインで、ベラルーシ経由でウクライナに入った後、2方向に分かれる。支流1はウクライナを縦断して南下。ルーマニアに抜けて最終地はイタリア。支流2はポーランド経由でチェコに入り、そこでさらに別れて、北ドイツと南ドイツに向かう。
その他に、シベリアから来るパイプラインがもう1本と、カザフスタンとの国境辺りのガス田から来るパイプラインがあるが、その両方ともがウクライナ国内で前述の1本目のパイプラインに合流する。つまりウクライナは、ロシアから来るパイプラインの重要なハブ地であり、まさにそのおかげで膨大なトランジット料が入る。そしてそれが、ウクライナの国家経済を支える大きな財源となっている。
一方、ドイツとロシアの間にはバルト海の海底を通る直結パイプラインもあり、もちろん、これを通じてもロシアガスがヨーロッパに流れる。ノルドストリームである。ノルドストリームのガス輸送に関しては、当然、ウクライナにはトランジット料が入らない。それなのに、ドイツとロシアがさらに2本目のノルドストリーム2を作ったことで、ドイツとウクライナの仲は険悪になった。ノルドストリーム2が稼働すれば、ウクライナ経由の陸上パイプラインの必要性は薄れ、他に大した収入のないウクライナは干上がってしまう可能性があった。
もっとも今では世界情勢の変化により、このノルドストリーム2は当面は運開の見込みがなくなっているが、それでも今なおゼレンスキー大統領がドイツを目の敵にしているのは、日干しにされそうになった恨みが尾を引いているのだろう。
拗ねたレバーソーセージ
4月12日には、ドイツの大統領シュタインマイヤー氏がキエフを訪問しようとしたところ、断られるという異常事態が起こった。ドイツ大統領は国家元首であり、肩書きとしては首相より上だ。それを締め出すというのは、はっきり言って常軌を逸している。
5月になって、テレビのインタビューで、なぜキエフを訪問しないのかと聞かれたショルツ首相が、「大統領が断られたのに自分が行くわけにはいかない」と答えたのは当然だったが、今度はそれを聞いた駐独ウクライナ大使が、ショルツ氏のことを「拗ねたレバーソーセージ (Beleidigte Leberwurst)」と罵った。
「拗ねたレバーソーセージ」というのは、拗ねる理由もないのに拗ねている人間を揶揄する時に使う言葉なので、さすがにあちこちで、ドイツの首相に対してあまりにも失礼だという声が挙がった。それにしても、ドイツから多くの経済援助を受けていることを思えば、ウクライナの言動はあまりにも非常識というか、子供染みているというか・・。
結局、5月5日、ゼレンスキー大統領がショルツ首相に電話し(謝罪をしたかどうかは不明だが)、5月9日のショルツ首相のキエフ訪問が決まったらしい。
ただ、5月9日というのは、第2次世界大戦のソ連戦勝の日であり、今でもロシアにとっては最高に重要な日だ。つまり、よりによってその日にショルツ首相がキエフに行けば、ロシアを最大級に刺激することは間違いない。ドイツは6日には、ウクライナへの戦車(自走式榴弾砲)7台の供与も決めたばかりだし、大丈夫だろうか・・?
ドイツはこのまま突き進むのか・・?
現在、ウクライナを通過するガスの量は1日あたりほぼ1.1億㎥で、ロシアの国営ガス会社ガスプロムからウクライナへは、年間約10億ドルが支払われている計算になるという。しかし、ゼレンスキー大統領はそんなことはおくびにも出さず、ビデオメッセージでEUに向かって、すぐにロシアからのエネルギーの輸入を止めろと繰り返しアピールしている。
そして、それを受けた欧州委員会は5月4日、6ヶ月以内にロシア原油の輸入をゼロにし、8ヶ月以内にそれ以外の石油製品の輸入をも停止するという、追加の制裁案を出した。もっとも、EUの制裁は加盟国27国が全会一致で賛成しないと成立しないから、これが通るかどうかは微妙だ。
一方、ドイツはそれとは関係なく、ロシア依存を減らす努力をしており、代替の化石燃料調達のために奔走しているのが緑の党のハーベック経済・気候保護相。もちろん、緑の党が今まで声を限りに叫んでいたCO2削減の話などすっかり消えている。
ハーベック大臣によれば、石油のロシアシェアはすでに35%から12%に減った。しかし、「我々は、インフレの加速、エネルギー価格の高騰、そして経済の停滞に見舞われるだろう」とのこと。石油ボイコットでこれだから、ガスでは先が思いやられる。今でさえ大きな貧富の差がさらに広がるだろう。
ドイツの不景気はEUの不景気である。だから、この自暴自棄的な制裁を、「我々はヨーロッパ人としてウクライナを助ける用意がある」という言葉だけで正当化し、突き進んでしまって良いものか。しかも、ロシアのお金が今もウクライナに流れていると思うと、何だか腑に落ちない気分にもなる。
【5月10日追記】
5月9日、ショルツ独首相はキエフを訪れなかった。その日はマクロン仏大統領がベルリンにやってきてウクライナ情勢について協議したほか、欧州委員会のフォン・デア・ライエン委員長が明後日にでも実現しそうに言っているウクライナのEU加盟は、そんな急には進まないということを確認し合ったようだ。なお、就任して間もない両氏だが、共に足元は盤石ではない。