ウクライナ戦争:あきれた「米国の責任論」に物申す

野口 修司

kuppa_rock/iStock

さすがアゴラ。なかなか上手くまとめたと思う。

”ネオナチの陰謀”ではなく、”軍産複合体”やユダヤ金融資本が原因だという証拠もありません

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耳を疑うトンデモ論の数々・・・

その通り。ネオナチだけでなく米国の「ネオコン」、一部が信じている「DS」とやらの「陰謀」でも、絶対にない。

ましてや、例えば元ウズベキスタン大使の「金融商品のカラ売りで儲かるから」もしくは「米エネルギー事業や防衛産業が潤うから」「人気がない老人バイデンが支持率を引き上げたいため」今回の戦争を米が望んで「始めさせた」とか「プーチンを追い詰めてやらせた」という論など、目と耳を疑う。

そもそも一応、国の指導者であるプーチンに失礼だろう。仮に米国の誘い水があったとしても、どんな環境の変化でも指導者は自己判断、決断、自己責任が世界の常識だ。

これらの論は、国際政治の現場を知らない2階観覧席の平和日本から思い込んだ見方、米国内の議論の深さ、多様性を知らない高校生のレベルの考えである。

さらに言えば、クリントン(過去の大統領)、ヌーランド(たかが国務次官補の1人)、ミアシャイマー(実績が少しある大学教授だが、現在の米国内での影響力は殆どなし)、ブレジンスキー、ケナン(小生は取材経験あるが、影響力があった昔と現在は違う)などの人物の過去の発言を元に、「米国は戦争になることが分かっていた」(当然、可能性は考慮に入れていたが米の責任などほぼ無し)。

もっとひどいのは「プーチンを潰すために戦争をさせたかった。計算通り」という論を展開する米国を知らない日本人がいることに驚愕する。露・中・北が同時に動く複合事態、欧州、台湾、朝鮮半島、北海道などを巻き込む有事、日本の安全保障にもつながることもあり、危機感と共に悲しみを覚える。

上記のトンデモ主張も、プーチン蛮行を理解する要素の1つとしては有効だ。しかし、まずは昨年秋からの米国の動きを見たら良い。「戦争を覚悟していた」とか「戦争をいざなった」とか言うのなら、昨年秋くらいからの米国の支援、関与、言動の変化をしっかり凝視して欲しい。

「小事なら米兵は派遣しない」など老害バイデンの失言があったのは問題ではあったが、米は昨年秋から水面下での諜報活動は全力であった。米側が「本格的」な戦争への準備をしないままプーチンが戦争に突入した。それらの事実を見れば分かる。その後、ウクライナ人のそれこそ文字通り命を賭けた善戦を受けて、米国の各種支援はますます深く、高度なものに変化している。

ついにこのまま上手く展開すれば、恐れた「核戦争無し」でプーチンのクビが取れるかもと思い始めた。最初から戦争をお膳立て、いざなうというなら、そんな計算づくの展開と実際に起きた事実が違うことをみれば、それが間違いといえる。

さらに上記の使われた米国有名人は、現在の米国の現役を「代表していない」。あたかもこれらの人=米国というような論は、恥ずかしくないのだろうか。上記の米国人の論とは反対の論も同時進行であるのは米国では当たり前だ。この陰謀論・過失論を主張する人は知らない。今回のウクライナ人の善戦は、ほぼ誰も予想していなかったといえる。さらにプーチンに戦争をやらせたら核戦争につながる、だからそんな戦争をいざなうなど、リスクが大き過ぎて、やるわけがないことさえも知らない日本人が多い。

常に米国は各種議論を国内外で重ねて、国の政策を進めてきた。もちろん、過ちも失敗もある。(特に9.11による対テロでは感情論が先走った点もあり、計算違いもあった)

西側は決して「一枚岩」ではない

だが上記の「陰謀論」を主張する国際政治の「基本中の基本」に疎い日本人が知らない、もしくは軽視している部分は、下記のような筆者がいままで何度も言っていることだ。

ウクライナなど元ソ連邦や欧州諸国は、そもそも独立国だ。自分の判断で、NATO加盟を望んできたのである。結果としてNATOの東方拡大はあった。だが拡大させたのではなく、プーチンにはない魅力があり、各国は自己意思で加盟してきた。

当然ながら、米国と欧州は立場も地政学的な要素も違う。乱暴にいうと、民主主義を重視する部分が共通点で、辛うじてつながる。(だからと言って西側が一枚岩でない部分が、プーチンを正当化することにはならない。1つの小さな要素であるだけだ)

トランプのように、自国第一主義でNATOとは手を切ろうという意見も米国内にはかなりある。(今回もNATO直接攻撃があれば米軍出動になるので、ますます腰が引けている。皮肉だが今回のことなど起きないように、できるだけロシアも民主化したかったが、プーチンが過剰反応した。予防外交の失敗である)

つまり、西側が「1枚岩」でウクライナなどをNATOに加盟させようとしたわけではない。かなりの部分は米が独自にやり、一部は欧州も協力したくらいのレベルで背景作り、外堀埋めくらいはやったが、そこから先はウクラ自身の判断である。ここが今回のプーチンの戦争で一番重要なポイントだ。西側が東方拡大で危機を生じさせたので(?)、正当防衛をしたかった気持ちは少しは理解できるとして、万が一にでもプーチン蛮行を「正当化」するとしたら、とんでもない話だ。

世界を民主化させる米国の戦略

第2次大戦辺りの、例えばスターリンの動きや、冷戦中のソ連の蛮行、日本を民主化できた例をみれば分かるはずだが、米国はかなり積極的に過去100年くらい世界を民主化しようとしてきた。

特に「報道の自由」がないと、独裁政権が維持されやすく、今回のプーチンのような蛮行が起きる。北朝鮮や中国も似たような展開になる可能性がある。米国の基本的なやり方としては、戦車で独裁政権を倒すのではなく(アフガン・イラクは理想論から逸脱した感情的なテロ防止・報復もあった)、その国の「報道の自由」を可能にすれば、かなりの程度まで独裁政権が倒れると信じる。だから表にみえる外交だけでなく、例えばCIAが選挙に介入するなど水面下でも工作をいまでも世界中で継続している。善悪論でいえば、それが悪いのか? 筆者は失うものを考えれば、悪くないと思うが、そこは議論の価値がある。

米国は本来孤立主義で、地球の他の部分には関わりたくない。だが過去100年くらいの強権主義国の蛮行で巻き込まれた教訓で、再発防止をしてきた。

あくまでも予想はできた、例えば今回は予想以上にウクライナ人の善戦があり、プーチンが倒せると思った部分が日増しに強くなった。しかし、今回のウクライナ戦争をやりたかった、米自身の手を汚さずウクライナに代理で戦わせたかったとか、いざなったとか、米国の深みも全体像も理解していない論を聞くたびに、米国のことも知らずに分かったかのごとく「思い込み」を公言することに、悲しみを感じる。

ビートたけしの発言にみる「平和ボケ」日本

筆者はこんなこと書いてもなんの得もしない。敵を作るだけだ。他の有名人と違ってメルマガなどで収入を得る気もない。しかし日本では安全保障に関しては無知が多いので、米国陰謀論は人気があるらしい。

例えば、先ほどのビートたけしの「タックル」での発言。彼はメインキャスターで、信じられないことにたまにジャーナリストという肩書もある。同氏は「米は民主主義と言いながら、兵器でお金儲けをして資本主義の権化だ」「日本が支援するお金も兵器に化けているのではないか」的なことを言った。

意味不明である。今回の民主主義対強権主義の戦いに関するものごとの基本が分かっていない。さらに米防衛産業の儲けは結果であり、事始めの理由ではない。

儲けているからなんなのか? 米は兵器提供を止めろというのか? 日本も資金援助を止めるのか? と問いたい。

日本人が国際社会で直接議論ができない理由の1つだ。最後まで言わない。今回もそうだが、同席した人は、彼のコメントを納得したようにみえた。最悪である。

そんな無知が多い日本なので、それに乗じたお金目当てでは当然ないだろうし、そう信じたいが、米国の陰謀論は、最終的に中国や北朝鮮などを喜ばせて、日本国益を損なうと強く信じる。

筆者はワシントンを中心に40年くらいNY国連や欧州も直接・生・継続取材をしてきた。これまでもロッキード事件など一部日本人がいう「陰謀論」を幾つか実地検証してきた。

だから平和な日本にいて、欧米生活があっても多分数年くらい、現場も殆ど直接的に知らないで、他人が書いたことを元に想像を巡らし「思い込み」「決めつけ」を公表するのをみると悲しくなる。また、日本語では世界でほとんど誰も読まないので、言いたい放題が可能だ。

おそらく調査報道・貧困国の日本にいると分からない。米政府の陰謀があれば、米国人の調査報道ジャーナリストが、間違いなくしっかり暴くのでご心配なくと、最後に申し上げたい。