今は悪い円安なのか、放置すればよいのか?

昨今の円安について様々な議論があります。当事者や専門家によっても意見は違います。日銀黒田総裁は円安はそれでもメリットがある、鈴木財務大臣は悪い円安と言い切っています。ユニクロの柳井正会長も悪い円安派です。一方、白川前日銀総裁は「円相場に良いも悪いもない」という立場です。

なぜ、急激に円安になったのか、ここをもう一度見てみましょう。

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ドル円チャートを見ると流れが変わったのは21年1月。当時は102円程度でした。それまでは為替相場が世界的に比較的安定していた数年間で年間変動幅が10円程度であり、一昔前の2-30円も動いた時代とは大きく変わりました。この理由にグローバル経済となり、モノの動きが輸出入から現地生産に変わったことで為替に対する影響力が少なくなったことはあるでしょう。あるいは企業も必ずしも自社での生産ではなく、投資先を通じた提携という形態をとることも増えました。

では、21年初頭から為替相場に何が起きたのか、当時のファクターはバイデン政権が立ち上がったことと米中間の貿易戦争に一息ついた頃でした。トランプ政権発足時はドル円は118円ぐらいで政権末期が102円とチャート的にも円高基調を描きました。つまり、バイデン政権=中国への締め付けが緩んだことが円安要因の一つになった可能性はあります。

なぜか、と言えばアメリカと日本とのアライアンスが弱まり、民主党政権が外交より国内政治に重きを置く傾向が見えた点はあるでしょう。つまり、日米のグリップが若干緩んでいるのかもしれません。そしてもう一つ、顕著なのが岸田氏が首相になった時点の110円程度から更に円安が加速している点です。とすれば政治と国際関係が為替に影響しないとは言い切れないかもしれません。

では資源価格高騰がもたらす日本経済弱体論はどうでしょうか?原油価格と重ね合わせると21年初頭はバレル当たり45㌦程度でした。トランプ政権の時、原油は45-75㌦程度のレンジでしたので必ずしもその頃は原油価格が為替に意識された様には見えません。但し、円が加速度をつけて安くなった時期と原油価格が加速度的に高くなった時期である2022年2月は一致します。つまり、日本経済はある程度までは資源高、原油高を許容できるけれどそれを超えると急速に資源価格高騰のデメリットが意識される、という構図かもしれません。

一般的には今回の円安は日米の金利差によってもたらされるとされます。お金は低いところから高いところに流れるというのは世の常識ですのでこれを否定することはできません。但し、個人的にはそれは少し吟味した方がいいかもしれません。私にはアメリカ経済が強いから金利が上がっているのではなく、物価高を抑制する手段がないから金利を上げているという風にしか見えず、ドルの真の価値が上がる理由を見出しにくいのです。ドル円について考えるからわかりにくいかもしれません。例えばトルコやブラジルのような高金利の国は経済が強いかと言えば全然違うわけで金利だけが最大の理由にならない気がするのです。

高橋洋一氏は発行通貨量で為替は決まる、と言います。これはパッと見は正しそうですが、ちょっと乱暴だと思います。まず、日本とアメリカの経済を主体とした国力がパリティ(均等)である前提がないと単純割り算になりません。国家の力の計算は容易ではありません。学者10人いれば10人とも違う計算結果を出すでしょう。ただ、そこは何らかの国力調整レート(係数)をかけ合わせねばならないし、その係数は頻繁に変わるものです。

もう一点、高橋氏は日銀の通貨発行量で見ていますが、それ全部が市中に出回るわけではない点を勘案していません。市中銀行は貸し出したくても優良顧客や担保がある顧客にしか貸さないわけで日銀へのブタ積み(日銀当座預金)もあります。また、家庭で貯蓄に回す分もあります。すなわち、お金は滞留している分を除去し、経済的循環をする部分で勘案しないと計算としては成り立たないと思っています。つまり、お金の価値を計測するには発行量ではなく、フローの部分で見るべきだと思います。

次に日経が嫌な記事を掲載しています。「円安はリスクにあらず 韓国などアジア勢、日本との立場が逆転」。端的に言えばライバル関係なら為替レートで輸出先での販売価格において優劣がついたが、今はブランド至上主義でその製品が欲しければ多少の価格差でもゲットするという発想です。

例えば今、自動車を価格第一義で買う人は少ないでしょう。自分の目的に合わせて「これが欲しい」と決め打ちになるケースが多いと思います。他の製品でもこの機能が欲しい、このデザインが欲しいという時代です。価格で優劣がつくのは一昔前か、もっとコモディティ化したものに限定されてしまいます。私が袋入りのインスタントラーメンは韓国のモノしか食べないのと同じです。好みの問題で価格の問題ではないのです。

では最後に「悪い円安か、放置すればよいのか」というお題については放置でいいと思っています。なぜなら為替には一定の自律調整機能が備わっているためです。そして学者が論理的に決められることでもないのです。もしも円安が想定以上に進んだとすればそれは円の実力が弱くなったと素直に認めざるを得ないのです。

ロシアのウクライナ侵攻が始まった際、ある方から「ルーブル売りのFXをやろうと思うがいかがか?」と相談され、一言「ルーブルはいずれ、爆上げするからやめなさい」と申し上げました。幸いにもFX取引が禁止されたので取引をしなかったようですが、実際の相場はどうでしたでしょうか?暴落後、ルーブルの爆上げでした。理由はデフォルトするほどロシアはそんなに貧乏じゃない、これに尽きます。外から見て輸出制限されれば資源の輸入だけが残るからロシアの経常収支は真っ黒になります。経済制裁も逃れる方法がいくらでもあります。

日本の国力も立派なものがあります。よって一方的な円安になるわけがないのです。アメリカの専門家が200円、300円もあると述べていましたが、それは為替をある一面ないし、単純化してみているからで真の奥深さを知らないということだと思っています。

では今日はこのぐらいで。


編集部より:この記事は岡本裕明氏のブログ「外から見る日本、見られる日本人」2022年5月11日の記事より転載させていただきました。