ドイツはロシア産石油禁輸できるか

欧州連合(EU)欧州委員会のフォンデアライエン委員長は4日、ウクライナ侵攻したロシアへの第6弾の制裁の草案を公表したが、その中で焦点はロシア産の石油禁輸案だ。

同案ではロシア産石油輸入は2022年末までに段階的に停止することになっているが、ロシアの天然ガス、石油、石炭で燃料依存してきた加盟国、ハンガリー、チェコ、スロバキア3国に対しては既存契約のもとで2023年末まで石油輸入を認める例外を認めている。

独週刊誌シュピーゲルのインタビューに応じるハベック経済相(2022年4月2日号から)

ロシア産原油からの脱却に翻弄される各国

原油需要の65%をロシアから調達するハンガリーのオルバン首相は6日、国営テレビで、「ロシア産石油禁輸を実行すれば国民経済が破綻する」と激怒の声を挙げている。ハンガリー、スロバキア、チェコの3カ国は24年まで輸入を認める修正案を提示したが、合意は得られていないという。ロイター通信(5月6日)によると、オルバン首相はロシア産原油への依存から脱却するには5年かかるとの見通しを示したという。

なお、ブリュッセルからの情報によると、ブルガリアもEUの石油禁輸で例外を要求してきた。ブルガリアのアッセン・ヴァシレフ副首相は8日、同国の放送局BNTでのインタビューの中で、「例外が認められない場合、わが国は拒否権を行使することになるかもしれない」と述べている。

同副首相によると、「ブルガリアの製油所ブルガスは、脱硫を拡大するために時間を必要とするから、時間が必要となる」という。対ロシア石油禁輸制裁はEU加盟国27カ国の合意が必要だ。1カ国でも拒否権を行使すれば発効できなくなる。

ウクライナのゼレンスキー大統領は、「欧州からロシアに巨額の戦争資金が毎日、何億ユーロ流れている」と指摘、ロシア産の天然ガス、石油、石炭輸入禁止を要求してきた。EUは先月、ロシア産石炭禁輸は既に決定済みで、今年8月第2週から完全に施行されるが、天然ガスと石油の禁輸制裁に対しては加盟国の間で議論を呼んできた。

ドイツもロシア産天然ガスと石油に大きく依存

欧州最大の経済国ドイツはこれまでロシア産天然ガスと石油に大きく依存してきた。石炭禁輸はドイツ国内で脱石炭が既に決定されていたが、石油禁輸には躊躇してきた。ただし、ロベルト・ハベック副首相(経済・気候保護担当相兼任)は、「ドイツも年内にロシア産石油輸入を急減させることが出来る」との楽観的な見通しを明らかにして注目を呼んだ。

ハベック経済相によると、ドイツはこれまで石油輸入の約35%をロシアから輸入してきたが、今年4月末現在、その割合は12%に減少している。天然ガスとは違い、石油はパイプラインのほか船で輸送できる。ドイツの場合、例えば、ロッテルダムの港からライン川経由で石油を輸送してきた。

減少したロシア産石油輸入をどこから輸入して補填するかが急務の課題だ。北欧のノルウェーから輸入の増加が可能だ。米国の水圧破砕鉱床からの石油輸入は、新しい鉱床の開発に長い時間がかかるため、直ぐには期待できない。

石油輸出国機構(OPEC)が現時点では増産を拒否しているが、近い将来、サウジアラビアが生産増加に向かうと期待されている。ちなみに、イランとベネズエラから石油輸入も可能だが、制裁下の両国との交渉が不可欠となる。米国は既に両国と交渉中だという情報が流れている。

石油禁輸による商品価格の上昇

今年に入り、ウクライナ戦争の影響もあって石油価格は急上昇している。石油禁輸が実施された場合、ほとんど全ての商品価格が上がることが予想される。暖房、運転、工業生産まで多くの石油エネルギーを必要とする。

また、食品、プラスチック、化粧品にも多くの原油が含まれている。航空会社、運送会社、貨物輸送業者は、輸送に石油を必要とする。輸送コストの値上げで、多くの製品は高くなる。経済界の専門家は「戦時インフレ」と呼んでいるほどだ。

ドイツの石油備蓄量は90日間分だが、ハベック経済相は値上げを緩和するために数日前にその一部を放出したばかりだ。また、欧州の国の中には、エネルギーの節約キャンペーンを展開させている国も出てきた。大都市での自家用車の運転禁止、高速道路の速度制限、週3日の自宅での作業、出張の減少、短距離フライトの禁止、電気自動車を購入するなどだ。

ロシアは世界で3番目の石油生産国であり、2番目の輸出国だ。世界の石油消費量の5%と精製石油製品の10%、ガソリンとディーゼルを供給している。石油収入はガス輸出よりもロシアにとって3~4倍重要という。

4月末の石油・ガス会社「Wintershall Dea GmbH」によると、ロシアの国家予算の約3分の1は石油販売で賄われており、ガス収入はわずか7%という。EUの石油禁輸制裁はロシアに天然ガス禁輸より効果が期待できるわけだ。バイデン米大統領は3月、自国がロシアから石油と天然ガスを輸入しないことを発表している。

ロシア軍のウクライナ侵攻以来、欧米側のロシア制裁が施行されている。多くの石油トレーダーや製油所オペレーターは既にロシア産石油をほとんど購入していない。

船主はロシアからの貨物を拒否し、ロシアの石油タンカーは、ヨーロッパの港に停泊することが出来なくなってきた。そのため、ロシアの企業は石油の生産量を減らしてきている。シェルやBPなどの主要な国際企業はロシアから撤退し、石油・天然ガスの探鉱・開発・生産などの事業を担うハリバートン社(本社米ヒューストン)はもはや技術サービスを提供していないという。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2022年5月10日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。