なぜ資本主義は崩壊しないのか?その原因を究明する②

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資本主義が崩壊しない「経済的原因」とは何か

「能力に応じて働き、必要に応じて受け取る」

資本主義が崩壊しない、したがって社会主義に移行しない最大の「経済的原因」は、「各人は能力に応じて働き、必要に応じて受け取る」(「マルクス著「ゴーダ綱領批判」河出書房新社」)という「共産主義の理想」が、少なくとも物質的な生活水準においては、日本、欧米などの先進資本主義諸国ではすでに実現されているからである。

以下に詳述する通り、労働者階級の「失業」(「能力に応じて働く」)と「貧困」(「必要に応じて受け取る」)の問題は、日本・欧米などの先進資本主義諸国では基本的に解決されているのである。

(前回:なぜ資本主義は崩壊しないのか?その原因を究明する①

失業率の顕著な低下と名目賃金の上昇

確かに、日本では、人口減少・少子高齢化の加速・非正規雇用の増加・ワーキングプアー・賃金格差・所得格差・年金・医療・介護・過疎化など、解決すべき様々な課題がある。しかし、2019年厚生労働省調査では、日本国民一世帯当たりの平均貯蓄額は1213万円であり、日本を含む先進資本主義諸国の労働者の名目賃金は年々上昇し、日本の2022年春闘の賃上げ率は2.11%である(「2022年4月5日<連合>発表」)。

そのうえ、日本の失業率は顕著に低下しており、2022年の完全失業率は2.6%であり完全雇用に近い(「総務省統計局労働力調査基本集計」参照)。さらに、国民皆保険や失業保険、介護保険をはじめとして、社会保障制度も整備されており、社会保障関連の予算額は国家予算の約3割にも達しているのが現状である。

国民の生活水準と消費水準の向上

そのため、日本では労働者階級を含む国民の間では、マイホーム・マイカー・電化製品などが広範囲に普及し、海外旅行も極めて一般化している。また、日本農民の多くは兼業農家であるが、戦前のような小作人ではなく、戦後の農地改革によって生産手段としての農地を所有する自作農(「自営業者」)であり、いわば中産階級である。また「農業協同組合」等の関係諸団体が農林漁業の発展と農林漁業者の生活水準の向上に取り組んでいる。

そして、日本では、かつて「豊かな社会」「飽食の時代」と言われたように、食料品、衣料品、日用品、雑貨、家具、電化製品をはじめ、多種多様な商品の大量生産・大量消費により、大手スーパー・百貨店・大型量販店などにはモノがあふれかえり、ネット通販も驚異的に拡大普及し、労働者階級を含む一般国民にとっては、今や、「必要に応じて必要なモノがいつでもどこでも手軽に手に入る」時代である。しかも、その価格も大量生産と価格競争により低下し安定しているのが実態である。

したがって、日本では、「能力に応じて働き、必要に応じて受け取る」という「共産主義の理想」がすでに実現されているのである。この状況は日本のみではなく、欧米先進資本主義諸国でも全く同じである。

このように、解決すべき様々な課題はあるにしても、社会全体としては、生産力の発展による持続可能な経済成長と制度的に整備された社会保障政策により、上述の通り、日本を含む先進資本主義諸国の労働者の名目賃金は年々上昇し、失業率も低下しており、特に日本では失業率2.6%と完全雇用に近い。

そして、現在日本の労働者階級は、一戸建分譲住宅や分譲マンションに居住し、自家用車も保有し、各種電化製品をそろえ、家族で頻繁に海外旅行へ行く階層も決して少なくないのである。この状況は先進資本主義諸国の労働者も同じであることは上述のとおりである。

マルクス「窮乏化法則」の理論的破綻

したがって、マルクス著「資本論」の「資本主義が発達すればするほど労働者階級は窮乏化する」という「窮乏化法則」に基づく労働者階級の「絶対的貧困化」(「資本主義が発達すると、労働者は絶対的に貧しくなり、乏しい食事をとり、穴倉や屋根裏に住まねばならなくなる」レーニン全集18巻「資本主義社会における貧困化」)は、日本など先進資本主義諸国ではすでに解決されている。すなわち、マルクス著「資本論」の核心である「窮乏化法則」は、日本など、少なくとも発達した先進資本主義諸国では、もはや有効でも妥当でもなく、理論的に破綻していることは明らかである。

このことは、日本など先進資本主義諸国では社会主義革命が不可能または著しく困難であることを意味する。

マルクス著「資本論」の核心である「窮乏化法則」については、歴史的にも、エンゲルスの後継者とされたドイツ社会民主党のベルンシュタインは、1899年刊行の主著「社会主義の諸前提と社会民主党の任務」(「ダイヤモンド社」)において、「我々は労働者をあるがままに受けとらねばならない。そして、労働者は共産党宣言で予見されていたほど一般的に窮乏化してもいない」と述べて「窮乏化法則」を批判し、社会民主主義的な「漸進的社会改良主義」を主張して、マルクス・エンゲルスの「暴力革命」に反対した。

「窮乏化法則」に関するマルクスの重大な理論的誤謬は以下の理由による。

① マルクスは、主著「資本論」において、資本主義経済のモデルとした19世紀中葉の英国における産業予備軍(「失業者」)の存在を絶対視した結果、産業予備軍の存在から直ちに資本主義的蓄積の一般法則として「窮乏化法則」を帰納した理論的欠陥があった。

② 19世紀初めの英国では工場労働者による大規模な「機械破壊運動」(「ラダイツ運動」)があった。時代的制約とはいえ、マルクスは、機械化の促進は労働者を不要にすると短絡して考え、生産性向上に不可欠な研究開発労働・各種機械自体を生産する労働・生産物を流通販売する労働・生産管理労働・各種事務労働・各種サービス労働などを無視ないし軽視した。マルクスは、その当時は圧倒的多数の「工場労働者」(「ブルーカラー」)を労働者階級と認識していたのである。

米国でベストセラーになり、昭和33年(「1958年」)翻訳出版された米国の著名なジャーナリストのジョン・ガンサーは、著書「ソビェトの内幕」で、「マルクスは、資本主義は必ず労働者階級を貧困化すると固く信じていたが、それと全く正反対に近いことが起こっている。テレビや高価な自動車を持っている米国の労働者の数を数えてみなさい。マルクスは、賃金は絶えず強制的に引き下げられる傾向があると考えたが、逆に賃金は着実に上昇している。」と述べている。

マルクスの予言に反し、今から65年前でも米国の労働者階級は比較的豊かな生活をしていたことが分かるのである。

マルクス、レーニン「賃金奴隷説」の時代錯誤

日本でも、高学歴の膨大なホワイトカラー層の存在や、情報通信(IT)・金融分野など専門的・技術的就労者の増大により、高額の給与を取得する労働者層が年々加速度的に増加し、失業率も顕著に低下して、現在の先進資本主義諸国の労働者階級の状態を「鉄鎖のほかに失うものはない」(「マルクス・エンゲルス著「共産党宣言」河出書房新社」)とか、「賃金奴隷」(レーニン著「資本主義社会における貧困化」レーニン全集第18巻)などと蔑視することは、客観的事実に著しく反し到底許されない時代錯誤の極みである。

マルクス主義研究者の田上孝一氏も、近著(「99%のためのマルクス入門」晶文社」)で「現在の労働者の殆どはこれほど悲惨な境遇にはない。その意味でマルクスが見つめていた労働者の現実は今日においては大きく改善されたと言えるだろう。」と述べ、労働者階級の「窮乏化」の事実を否定しておられる。

そのため、さすがに、元日本共産党中央委員会幹部会員の評論家蔵原惟人氏も、「労働者自体が無一物の無産者という感じではない多数の層が成長し、自家用車も持っている。このような変化に共産党としても対応する必要がある」(「蔵原惟人評論集第9巻」新日本出版社)と述べ、労働者階級に「窮乏化」の事実がないこと、むしろ自家用車も持ち生活水準が向上している事実を率直に認めている。

現代日本の労働者階級は、自家用車のみではなく、一戸建て住宅や分譲マンションに住み、各種電化製品を備え、家族で頻繁に海外旅行に行く階層も決して少なくないことは上述のとおりである。この状況は日本のみではなく、先進資本主義諸国の労働者も同じである。

日本共産党綱領「能力に応じて働き、必要に応じて受け取る」の削除

したがって、日本などの先進資本主義諸国においては、上述の通り、名目賃金が年々上昇し、失業率も顕著に低下して、「失業」と「貧困」の問題が基本的に解決され、「能力に応じて働き、必要に応じて受け取る」という「共産主義の理想」がすでに実現している。

そのため、日本の前衛党である日本共産党の綱領においても、「能力に応じて働き、必要に応じて受け取る」(「1994年綱領」)という部分が削除され、共産主義の理想が、「真に平等で自由な人間関係からなる共同社会への本格的な展望」(「2004年綱領」)に変更されている。

労働争議(「階級闘争」)の激減

そして、今も労働者階級の間で、「失業」と「貧困」の問題が社会主義革命のための重要な経済的条件であるとすれば、上述の通り、労働者階級における「失業」と「貧困」という社会主義革命の条件がなくなり、「能力に応じて働き、必要に応じて受け取る」という「共産主義の理想」に対する魅力も関心も肝心の労働者階級の間で消失し、「失業」や「賃金」をめぐる労働者階級と資本家階級との「階級闘争」が顕著に減少し緩和した。

このことが社会主義革命を抑止し、資本主義が崩壊しない、したがって、社会主義に移行しない極めて重要な原因であることは明らかである。日本のみならず、先進資本主義諸国でも同じ傾向である。

ちなみに、独立行政法人労働政策研究・研修機構によれば、全国の「労働争議」(「ストライキ」)の件数は1974年のピーク1万1000件から、2019年にはわずかに数十件にまで激減しているのが実態である(厚労省「労働争議統計」参照)。労働争議件数は労働者階級の「失業」や「貧困」などの経済状態を反映したものである。

(次回:「なぜ資本主義は崩壊しないのか?その原因を究明する③」に続く)

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