武器で「平和」は実現できるか

「平和」を実現するために「武器」を積極的に供給すべきだ…、ウクライナ戦争前ならばそんなことを言えば平和主義者たちからこっぴどく批判されただろうが、ロシア軍のウクライナ侵攻からは(2月24日)、現実的な主張だと受け取られてきた。

ブチャで追悼するギャラガー大司教(右はウクライナのクレバ外相)バチカンニュース2022年5月22日から

時代の変遷を象徴的に表したウクライナへの重火器の供給

時代の変遷を象徴的に表した場面は、ドイツのショルツ首相が今月1日、ウクライナに対して重火器の供給を決定したことに対する批判に、「ロシア軍の侵略に対して死闘するウクライナ兵士に武器なして戦え、といえるか」と珍しく大きな声で叫んだ時だ。ドイツの社会民主党(SPD)出身の首相が国民の前に武器の供給を擁護する、といったシーンはウクライナ戦争前までは考えられなかったことだ。

ウクライナのゼレンスキー大統領は23日、スイスのダボスで開催された「世界経済フォーラム」にオンラインで参加し、世界に向かって、「もっと武器を供給してほしい」と叫んだ。武器供給がウクライナに平和をもたらす、というのだ。「戦争」と「平和」は対義語だが、「平和」がこれまで距離を置いてきた「武器」という言葉に急接近してきた。武器によって「平和」を実現(回復)するというのだ。

ロシアとウクライナの戦いは長期化する兆候が出てきた。それに呼応して、ロシア軍は武器の補給に乗り出し、ウクライナは新規武器を欧米諸国から入手するために努力している。

戦場で投入される武器が増えれば、それだけ犠牲者の数は増えるだろうし、破壊される建物の数は増加するが、ウクライナ戦争の場合、それは武器供給者にとって第1の懸念ではなく、ウクライナ軍が軍事大国ロシアとの戦いで如何に公平な戦いが出来るか、その条件を整えることがウクライナ支援国の課題となってきた。表現は悪いが、まるでビデオのウォー・ゲームのようだ。

米国と同盟国は23日、ウクライナへの軍事支援に関するオンライン会合を開き、47カ国が参加した、オースティン米国防長官は会合後、「イタリア、ギリシャ、ノルウェー、ポーランドなど約20カ国の参加国が新規支援を約束した。

参加国の多くは、ロシアに対する防御のために、大砲、沿岸防衛システム、戦車、装甲車両をウクライナに供給することを約束した。たとえばデンマークは、対艦ミサイルとそれに対応する発射装置を供給する。これでウクライナがロシアの港の封鎖を打破できるようになる」と歓迎した。

英国、フランス、ベルギーなどはいち早く軍事的守勢にあるウクライナを支援するために武器を供給してきたが、欧州の経済大国ドイツは第2次世界大戦での苦い体験から紛争地への武器の供給には厳格な規則があるうえ、国民からも厳しい抵抗があって、ウクライナ側の執拗な武器供給要請を拒んできた。

しかし、ウクライナ東部マリウポリの廃墟化、キーウ近郊のブチャの虐殺などロシア軍の戦争犯罪を目撃するに及んで、ショルツ政権は政策を変更し、重火器の供給を認可した。

短期間だったが、ドイツでは集中的な論争が展開した。例えば、28人の知識人が4月29日、ショルツ首相宛てに書簡で武器供給の認可決定に反対を表明した。

政治学者のトーマス・イェーガー氏は今月3日、「国際法によれば、武器の供給は認められる。それによって、ドイツは戦争の当事国とはならない。防御兵器と攻撃兵器の区別はないし、軍事装備でウクライナの兵士を訓練することは法的に正当化される」と表明。

一方、「武器の供給がウクライナ戦争をエスカレートし、北大西洋条約機構(NATO)とロシア間の紛争となって、ロシア側の核兵器使用というリスクが現実味を帯びる」といった警戒論が出た。また、少数派だが、「戦争を終わらせ、平和を実現できるのならば、降伏も悪くはない」といった平和主義論者の声も聞かれた。

注目すべきことは、連邦軍関係者が、「ウクライナに武器を供給し続けることは出来ない。わが国の軍事力を弱体化させる危険性があるからだ」と警告を発したことだ。

ドイツは背中を押されるように戦後から継続されてきた紛争地への武器供給禁止を破棄してウクライナへの武器供給を認可した。ドイツのメディアは、「ドイツ外交のパラダイムシフト」と呼んだ。保守派の「キリスト教民主・社会同盟」(CDU/CSU)主導政権下ではできなかった外交・国防政策の変更を、SPD、緑の党、そして自由民主党(FDP)の3党連立のショルツ政権下で実現されたことは少々皮肉だ。

フランシスコ教皇のキーウ訪問の可能性

メディアではあまり報道されていないが、世界最大のキリスト教宗派、ローマ・カトリック教会総本山、バチカン教皇庁もウクライナ戦争ではその外交が大きく変わった。バチカンはウクライナ戦争勃発直後、少し躊躇がみられたが、ここにきてウクライナを支援し、フランシスコ教皇のキーウ訪問の話も出てきている。

建前はロシアとウクライナ間の停戦への調停だが、その姿勢はキーウ寄りだ。欧米諸国のウクライナへの武器供給に対して批判的なコメントはバチカンニュースでは見られなくなった。もちろん、ショルツ首相のようにウクライナへの武器供給支援を表明できないが、少なくとも暗黙の了解だ。

バチカンの外務長官、ポール・リチャード・ギャラガー大司教は18日からウクライナのキーウを訪問し、ウクライナの人々に対するフランシスコ教皇の支持と連帯を伝えている。同大司教のウクライナ訪問はフランシスコ教皇のキーウ訪問の下調べだろう。

フランシスコ教皇のウクライナ訪問の日程はまだ不明だ。

教皇自身が健康問題を抱えている一方、プーチン大統領を全面的に支持するロシア正教のモスクワ総主教キリル1世との関係もあって、ローマ教皇はキーウ訪問に慎重とならざるを得ない。

平和を回復するためには武器も必要というコンセンサス

ウクライナ戦争を通じて、平和を回復するためには時には武器が必要、ということがほぼコンセンサスとなった。ウクライナの主権を蹂躙したロシアはその代償として世界を敵にしている。一方、敵国に包囲され、いつ襲撃されるか分からない状況にありながら、平和、平和と唱えているだけで相手が撤退すると考える国や国民にとっても貴重な教訓を与えている。

ただし、武器で回復された平和は強固なものではなく、壊れやすいことは変わらない。勝者にも敗者にも積もり積もった恨み、憎悪が消えていないからだ。戦いが再開するかもしれない。

武器で平和を実現する道はやむを得ない場合に限られるべきだ、と釘を差すべきだろう。ウクライナ戦争を契機に無制限な軍拡レースには警戒が必要だ。「剣を取る者は皆、剣で滅びる」というイエスの言葉を思い出す、多くの場合、やはりそれは当たっているからだ。

世界経済フォーラムで演説するゼレンスキー大統領と創設者のクラウス・シュワブ氏 世界経済フォーラムHPより(編集部)


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2022年5月25日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。