ロシア・ウクライナ戦争において西側がとるべき戦略とは何か

野口 和彦

21世紀のヨーロッパにおいて、過去の世界の遺物だと考えられていた「古典的な戦争」が起こりました。ロシアがウクライナ国境付近に大規模な兵力を展開したのち、国境を越えて同国に大規模な軍事侵攻をしたのです。

こうしたロシアの蛮行に対して、リアリストとリベラルの受け止め方は大きく異なります。リアリストは、以前からNATOの東方拡大はロシアの死活的な安全保障上の利益を脅かすことになり、同国はそれを守るための軍事行動を厭わないので危険だと主張していました。したがって、リアリストはロシアがウクライナを侵略した意味をNATOがロシアの生存を脅かした予想された結果であり、不幸にしてウクライナが犠牲になってしまったととらえたようです。

他方、リベラルは、ロシアの侵略に大きな衝撃を受けました。この学派の人たちは、ロシアが引き起こした国際法に違反する行動を「法の支配に基づく国際秩序」を破壊する重大な「犯罪行為」だと解釈したのです。

リベラルは、国際社会を発展する規範や制度から構成されるものとみなす傾向にあります。とりわけ、リベラル派は、主権国家間の境界線を尊重する「領土保全規範」が、国家の他国への侵略を抑制する重要な役割を果たしていると信じていました。その規範を大胆に破ってウクライナを軍事力で攻撃したロシアの行動は、国際社会全体の「公共善」に対する挑戦であると、リベラルは危機感を募らせたわけです。だから、リベラルの人たちの多くは、ウクライナとロシアの戦争を「善と悪」との闘争とみなしたのです。

他方、リアリストはロシア・ウクライナ戦争をバランス・オブ・パワーの変化が引き起こした事象と理解しています。したがって、リアリストはこの戦争に善悪の基準を当てはめようとしないのです。

Zeferli/iStock

リアリストとリベラルの見方と対応方法

このようにリアリストとリベラルは、世界がどのように動くのかについて見方が異なりますので、そこから導かれる対応方法も当然に違ってきます。

リアリストは、戦争には必然的にパワーの分布が反映されるとみなします。したがって、戦争の終結形態は、残念ながら、ロシアとウクライナの国力の差に左右されてしまうとリアリストは主張します。リアリストの重鎮であるアメリカの元国務長官ヘンリー・キッシンジャー氏は、ウクライナがロシアに領土を割譲すべきととれる発言をして、たいへんな物議をかもしました。

彼は5月23日、スイスのダボスで開催された世界経済フォーラム年次総会(ダボス会議)において、「今後2カ月以内に和平交渉を進めるべきだ」との見解を示すとともに、「理想的には、分割する線を戦争前の状態に戻すべきだ」と述べました。この「戦争前の状態」という言葉は、ロシアが2014年に併合したウクライナ南部クリミア半島や、親ロシア派勢力が支配する東部ドンバス地方の割譲を意味すると受けとられました。

この発言に対して、ウクライナのウォディミル・ゼレンスキー大統領やドミトロ・クレバ外相は猛反発しました。かれらは、ロシアに譲る地域にはウクライナ人が住んでおり、ロシアへの譲歩は戦争を防げなかったではないかと、キッシンジャー氏を激しく批判しました。

バランス・オブ・パワーといった地政学的要因がウクライナの行動を制約していることについて、ウクライナ政府内では、その受け止め方に迷いがあるようです。

ゼレンスキー大統領は「私たちには戦う以外の選択肢はない」「侵略者を罰するための前例がなければならない」「侵略者が全てを失えば戦争を始める動機を間違いなく奪うことができる」と強気の発言をしています。

ロシア軍が東部ドンバスや南部ミコライウで空爆や砲撃を実施し攻勢を強めた中、アンドリュー・イェルマーク大統領府長官は5月22日、「戦争は、ウクライナの領土の一体性と主権を完全に回復して終結しなければならない」と述べて、ウクライナは停戦や領土の譲歩はしない姿勢を示しました。

こうしたゼレンスキー政権の対ロシア政策は、ウクライナ国民に広く支持されています。ウクライナ国民の82%は、戦闘が長期化して国家の独立性への脅威が高まることになっても、ロシアとの交渉で領土を割譲すべきでないと考えていることが、世論調査の結果で分かっています。

その一方で、ゼレンスキー大統領は5月21日に報じられたテレビインタビューで、ロシア軍がウクライナへの本格侵攻を開始した2月24日以前の領土を取り戻すことができれば「ウクライナにとっての勝利とみなす」と表明して、クリミア奪還は必ずしも目指さないと示唆していました。この方針は、先述のキッシンジャー氏の提言とあまり変わりません。

おそらく、ゼレンスキー大統領としては、理想としてクリミア半島を含むすべてのウクライナの領土をロシアから取り返したい反面、それを目指すことはロシア軍との戦闘が長く激しくなり、国民の多くの生命を犠牲にしてしまうことも理解しているのでしょう。こうしたジレンマに直面して、普通の人では想像できないような深く苦しい悩みを抱えるゼレンスキー氏の心情は、察するにあまるものです。

くわえて、ウクライナを支援するNATOの軍当局者にも、同様の迷いがあるようです。かれらは、ドンバス地方やクリミア半島の一部地域では地元住民からの反発も考えられることから、ウクライナ政府が実際に領土を取り戻すために戦うべきかどうかについては、疑問な点もあると述べています。

リアリストとリベラルが考える支援策と出口戦略

言うまでもないことですが、ウクライナ政府がロシアとの戦争の目的と手段を決める明白な権利を持っています。われわれにできることは、外からウクライナを助けることです。問題は、関係各国が、どのようにウクライナを支援するかです。リアリストの答えは、自国の国益の観点からウクライナ政策を打ち出すべきだということになります。他方、リベラルの処方箋は、国際社会の公共善を守るために、その規範を踏みにじったロシアという悪を徹底的に打倒すべきとなるでしょう。

ウクライナの最大の支援国であるアメリカは、今のところリベラル派の進言にしたがって行動しているようです。バイデン政権は、第二次世界大戦後、初めてとなる戦時の「レンド・リース法」をウクライナに適用して、全面的で大規模な軍事援助を行っています。

また、アメリカはヨーロッパにおいて、異例ともいえる大規模な増派をしています。アメリカのマーク・ミリー統合参謀本部議長は、侵攻前にヨーロッパに展開していたアメリカ軍の兵力規模は、米軍欧州軍や陸海空軍、海兵隊、宇宙軍を合わせ約7万8000人だったが、わずか数カ月で30%増となり、10万2000人態勢に拡大したと発表しました。これは中国の脅威の増大を念頭においたリバランス政策において、インド・太平洋地域に展開してきた米兵数を上回っています。アメリカは再びヨーロッパに回帰したのです。

こうしうたアメリカのウクライナ支援策については、リアリストから苦言が呈されています。ジョン・ミアシャイマー氏は、以下のようにバイデン政権を批判しています。

「オバマ政権で副大統領を務めていたバイデンは…ウクライナ加盟の”超タカ派”として動いてきました…(かれは)ウクライナのNATO加盟に積極的になるのです…バイデン大統領は現在のウクライナ危機を引き起こしたメインプレーヤーの一人です…バイデン自身が副大統領時代にウクライナのNATO加盟にコミットしすぎたためでしょう…それでリアリストのロジックではなく、リベラル覇権主義のまま(ウクライナに)肩入れしていったわけです…ウクライナにいるロシア軍を決定的に敗北させ(ることは)…ロシアの生存を脅かしている。これはまさに『火遊び』なのです」

(『文藝春秋』2022年6月、149-156ページ)。

ミアシャイマー氏の見解が正しければ、アメリカがウクライナ情勢に深入りしすぎてしまったため、ロシアを交渉により戦争終結へと動かすことは不可能になってしまったようです。

アメリカに戦争の「出口戦略」がないことは、以前から識者が懸念していました。外交問題評議会のリチャード・ ハース会長は、「奇妙なことに、ウクライナでの西欧の目標は初めから明確とは言い難い。ほぼ全ての議論が手段に集中している…何が戦争を終わらせるかにほとんど言及がない…どう戦争を終了すべきかに答えることは、ロシアとの闘争が重大局面をむかえる中、大規模な戦闘の気配がするので、死活的に重要だ」と早くから指摘していました。

最近になって、アメリカの専門家から、西側は戦争終結の出口戦略とウクライナ支援をパッケージにすべきだとの積極的な意見もだされるようになりました。ブレンダン・リッテンハウス・グリーン氏(ケート研究所)とカイトリン・タルマージ氏(ジョージタウン大学)は、ロシア軍の完全な敗北を目指すと核の惨劇のリスクは高まり、そうならなくても人道被害は甚大になるので、西側は武器支援をキーウが受け入れ可能な紛争解決に関連づけ、「必要であれば(ウクライナへの)軍事支援の栓を閉めることも厭わないと示す」べきだと踏み込んだ提言をしています。

しかしながら、現在のアメリカには、そうした政治的意思はないようです。ロイド・オースチン国防長官は「アメリアはウクライナとロシア間の和平取引にとって可能性のある条件を要求してはいない」と発言して、バイデン政権が「出口戦略」をゼレンスキー政権と構築することを否定しています。

ヨーロッパとアジアにおける役割分担

リアリストは西側がウクライナを支援することに同意しますが、それは国際システムのパワー配分を考慮したものにすべきだと考えます。すなわち、ウクライナを侵略したロシアに対応すると同時に、覇権国として水平線を超えて昇りつつある中国の台頭に対する注力をおろそかにしないということです。

そのための1つの方策は、アメリカとヨーロッパ諸国が国際安全保障の分業体制を取ることです。ロシアと西欧の主要国とのバランス・オブ・パワーから判断すれば、ウクライナで蛮行を働くロシアを放逐する力をイギリスやフランス、ドイツは持っています。こうした西欧主要国の軍事費の総額は、ロシアの3倍以上になります。したがって、ヨーロッパ諸国に足りないのは、ラジャン・メノン氏(コロンビア大学)が的確に指摘するように、パワーではなく政治的意思なのです。

他方、中国は日本の約6倍の国防費を使う核武装大国であり、世界第2位の経済大国です。こうした日中の圧倒的なパワーの不均衡は、同盟国アメリカの助力をなくして改善することができません。

このことについて、スティーヴン・ワースハイム氏(カーネギー国際平和財団)は、アメリカは中国とロシア両国に対抗する「新冷戦」戦略は避けるべきであり、「ロシアのウクラナ侵攻はプーチン大統領がリスクを厭わないことを暴露したが、同時にロシアの軍事、経済の弱さも暴露した…ヨーロッパはロシアとの均衡を促進する一方で、アメリカはアジアの安全保障に集中する…このような分業は適正で持続可能だ」と主張しています。

保守派のダグ・バンドウ氏(ケート研究所)もフィンランドとスウェーデンのNATO加盟を念頭におきながら、「ロシアの貧弱な軍事的パフォーマンスは、モスクワが望んだとしても、多くの隣国を征服できないし、大陸全体はむりであることを示している。フィンランドとスウェーデンの参加希望は、アメリカの負担に基づく保険政策を得る試みなのは明らかだ。アメリカはヨーロッパ防衛の責任を欧州に移すべきだ」と述べています。

中国の台頭と日本の安全保障

中国はアメリカがウクライナ情勢に深入りする機会を利用して、その勢力範囲を南シナ海から南太平洋に拡張しようとしているように見えます。王毅国務委員兼外相は5月26日から6月4日にかけて、南太平洋地域のソロモン諸島やキリバス、フィジーなど計8カ国を公式訪問します。フィジーでは太平洋島嶼国との外相会議も開催します。日米豪印によるクワッドに対抗し、南太平洋での影響力の拡大を図る構えです。そのクワッドの首脳会談が実施されている日に、中国は日本周辺に核爆弾搭載可能の爆撃機を飛行させて示威行動にでています。

こうした中国の拡張的で危険な冒険的行動からインド太平洋と日本の安全保障を確保するには、この地域におけるアメリカのパワーのプレゼンスが不可欠です。そのために必要な西側の診断と処方箋は、ミアシャイマー氏によれば、次の通りです。

「ウクライナ情勢は、日本にとっても由々しき事態です。米国が、日本にとって最大の脅威である中国から目を離して、二次的な脅威であるロシアに集中しているからです…まずは日本が米国に対して、ウクライナ戦争を早期に終結して、全力で軸足を東アジアに向けるよう進言すべきです。」

(『文藝春秋』2022年6月、156-157ページ)

繰り返しますが、ウクライナが侵略したロシアとどのように戦うのかは、ウクライナ政府と国民が決めることです。われわれにできることは、ウクライナをさまざまな形で助けることです。

リアリストは、ウクライナへの支援を「出口戦略」と関連づけながら、アメリカとヨーロッパの分業体制で実施することを提案しています。他方、リベラルは、ウクライナに侵略したロシアを全力で敗北させ、プーチン大統領を罰することを望んでいるようです。

現在、アメリカやウクライナはリベラルの助言に従っています。これはバイデン大統領が、5月23日、ロシアのウクライナ侵攻について「プーチン大統領に責任を負わせる」と述べたことに表れています。ウクライナ大統領府長官のアンドリュー・イェルマーク氏も「今日、善と悪の間に中間は存在しない。あなた方は、善につくか、悪につくかのどちらかだ」と、リベラル派の言説でロシアのウクライナ侵略への西側の支援を訴えています。

日本は苦しい財政状況の中、ウクライナへの経済支援に全力を傾けています。岸田文雄総理大臣は「日本としては、世界銀行と協調する形で、従来の3億ドルを倍増して6億ドルの財政支援を行うことにする」と述べ、さらに3億ドルの借款を追加する方針を明らかにしました。これにより日本のウクライナへの借款は6億ドル、日本円でおよそ770億円規模となります。

同時に、日本は中国や北朝鮮の脅威に対処するために、防衛費を現状の2倍にすることを目指しています。日本は古典的な「大砲(軍事)かバター(厚生)」のトレードオフに、不可避的に悩まされる一方で、ウクライナの勇敢な戦いを支えながら、台頭する中国の脅威から安全保障を確保しなければなりません。こうした苦境を打開する万能薬はありません。そこに必要なのは戦略的英知でしょう。

岸田政権は、アメリカや西側同盟国とウクライナを交えながら、ゼレンスキー政権が受け入れ可能な「出口戦略」を本格的に協議してもよいのではないでしょうか。そして、リベラル寄りの西側の戦略をリアリストの方に少しずつ動かす努力は、検討に値するでしょう。

中国という出現しつつある地域覇権国の脅威にさらされる日本の国民は、国益を最大化できる国家戦略について感情的にならず冷静に考えて、その答えをだすことが求められると私は思います。


編集部より:この記事は「野口和彦(県女)のブログへようこそ」2022年5月27日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は「野口和彦(県女)のブログへようこそ」をご覧ください。