キリスト教東方正教会のウクライナ正教会は27日、ロシア正教会のモスクワ総主教キリル1世の戦争擁護の言動に抗議して、ロシア正教会の傘下からの離脱を決定した。この話を進める前に、ウクライナ正教会とロシア正教会のこれまでの成り行きを簡単に復習する。
ウクライナ正教会:「OKU」と「UOK」
ウクライナ正教会は本来、ソ連共産党政権時代からロシア正教会の管轄下にあった。同国にはウクライナ正教会と少数派の独立正教会があったが、ペトロ・ポロシェンコ前大統領(在任2014年~19年)の強い支持もあって、2018年12月、ウクライナ正教会がロシア正教会から離脱し、独立した。
その後、ウクライナ正教会と独立正教会が統合して現在の「ウクライナ正教会」(OKU)が誕生した。ただし、ウクライナにはモスクワ総主教のキリル1世を依然支持するウクライナ正教会(UOK)も存在する。モスクワ総主教区から今回独立を表明したのはUOKの話だ(「ウクライナ正教会独立は『善の勝利』か」2018年10月15日参考)。
UOKの聖職者、宗教家、一般市民が出席した全国評議会は27日、キーウで「ウクライナ正教会の完全な自治と独立を表明する」教会法の改正を採択した。モスクワ総主教区傘下からの離脱動機は、「人を殺してはならないという教えを無視し、ウクライナ戦争を支援するモスクワ総主教のキリル1世の下にいることは出来ない」と説明している。その結果、ロシア正教会は332年間管轄してきたウクライナ正教会を完全に失い、世界の正教会での影響力は低下、モスクワ総主教にとって大きな痛手となった。
UOKは、「ウクライナ正教会の統一性の欠如に深い遺憾」を表明する一方、OKUとの対話に希望を放棄していないと述べている。ただし、OKUに対し、「教会の没収とウクライナ正教会の会衆の強制チェンジを止めるべきだ」と求めている。
ロシア総主教キリル1世のウクライナ戦争への立場
欧州連合(EU)の欧州委員会ウルズラ・フォン・デア・ライエン委員長は今月4日、対ロシア制裁の第6弾目の内容を表明したが、その中で個人を対象とした制裁リストの中にロシア正教のモスクワ総主教キリル1世が入っていたことが明らかになって、大きな衝撃を投じたばかりだ。
キリル1世のウクライナ戦争への立場は明確だ。キリル1世はプーチン大統領のウクライナ戦争を「形而上学的な闘争」と位置づけ、ロシア側を「善」として退廃文化の欧米側を「悪」とし、「善の悪への戦い」と解説する。
キリル総主教は2009年にモスクワ総主教に就任して以来、一貫してプーチン氏を支持してきた。総主教は欧米社会の同性婚を非難し、同性愛は罪だと宣言。同時に、少数派宗教グループに対する取り締まり強化を歓迎してきた。ウクライナ戦争ではプーチン大統領と二人三脚でウクライナの制覇を夢見ている。
キリル1世はウクライナとロシアが教会法に基づいて連携していると主張し、ウクライナの首都キーウは“エルサレム”だという。「ロシア正教会はそこから誕生したのだから、その歴史的、精神的繋がりを捨て去ることはできない」と主張し、ロシアの敵対者を「悪の勢力」と呼び、ロシア兵士に闘うように呼び掛けてきた(「キリル1世の『ルースキー・ミール』」2022年4月25日参考)。
キリスト教神学界からの厳しい批判
当然のことだが、キリル1世の言動に対してキリスト教神学界から厳しい批判が飛び出した。神学者ウルリッヒ・ケルトナー氏は、「福音を裏切っている」とキリル1世を非難している。東方正教会のコンスタンディヌーポリ総主教、バルソロメオス1世は、「モスクワ総主教キリル1世の態度に非常に悲しんでいる」と述べ、ジュネーブに本部を置く世界教会協議会(WCC)では、「ロシア正教会をWCCメンバーから追放すべきだ」という声が高まってきた。
UKOのモスクワ総主教区からの離脱はウクライナ正教会のモスクワ離れを改めて明らかに示したものだ。最近では、イタリア北部のウディネにあるロシア正教会が、モスクワ総主教区から分離したばかりだ。
ウクライナ正教会(モスクワ総主教庁系、UOK)の首座主教であるキーウのオヌフリイ府主教は2月24日、ウクライナ国内の信者に向けたメッセージを発表し、ロシアのウクライナ侵攻を「悲劇」とし、「ロシア民族はもともと、キーウのドニエプル川周辺に起源を持つ同じ民族だ。われわれが互いに戦争をしていることは最大の恥」と指摘、創世記に記述されている、人類最初の殺人、兄カインによる弟アベルの殺害を引き合いに出し、両国間の戦争は「兄弟戦争(フラトリサイド)だ」と述べ、大きな反響を呼んだ。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2022年5月29日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。