ウクライナ戦争は米ロの代理戦争?バイデン大統領は停戦に乗り出すべき

リチャード・ニクソン米大統領(在任1969年~1974年)が冷戦時代の共産主義国の盟主ソビエト連邦の首都モスクワを米国大統領として初めて訪問(1972年5月)してから今月で50年目を迎えた。ドイツランド放送は「ニクソンのソ連訪問50年目」に関する記事を報じていた。

ウクライナ戦争の停戦に乗り出すべきバイデン米大統領(ホワイトハウス公式サイドから)

ニクソン大統領は当時、ソ連にベトナム共産党政権を説得してほしいという願いもあって、レオニード・ブレジネフ書記長と会談をした。実際はソ連から譲歩を得られなかったが、ブレジネフ書記長とニクソン大統領は初の軍縮協定に成功した。

米ソで戦略核兵器の配備数を制限する第1次戦略兵器制限条約に合意し、米ソ間で弾道ミサイルに対する迎撃ミサイルの配備数を制限する弾道弾迎撃ミサイル制限条約にも合意し、それぞれ調印した。キューバ危機(1962年10月)もあって、ソ連も米国も当時、核保有国の衝突を回避しなければならないという共通の認識があったからだ。デタント時代の幕開けとなった。

ところで、軍事大国米国はベトナム戦争では敗北を喫した。その背後には、ベトナム軍の戦略(ゲリラ戦など)もあったが、それ以上にソ連のベトナムへの武器援助が大きかったといわれた。その結果、軍事的守勢のベトナム軍が世界最強の軍事力を誇る米軍を破った。米国は1973年1月にベトナム和平協定に調印し、同年3月には米軍は全軍撤退した。

ロシアにとってはベトナム戦争とは逆の結果となったウクライナ戦争

ここまで考えると、欧州で現在進行中のウクライナ戦争と重なる。米軍を含む北大西洋条約機構(NATO)はウクライナでは軍事活動を控え、ウクライナ側の度重なる願いであったウクライナ上空の飛行禁止区域の設置も拒否し続けた。曰く、NATOとロシア軍の軍事衝突、エスカレートを避けるためだ。

その一方、米国や英国などNATO加盟国はウクライナ側の要請を受けて武器を供給してきた。軍事的守勢のウクライナ軍がロシア軍と対等の戦闘を出来たのは欧米諸国からの武器供給があるからだ。ウクライナ軍が欧米から武器を手に入れることができなければ、ロシア軍に簡単にやられていた、という点で欧米の軍事専門家の意見は一致している。

米軍がベトナム戦争で敗れた背後にはベトナム軍がソ連から大量の武器援助(例えば、地対空ミサイル)があったからだとすれば、今、ウクライナ軍がロシア軍と戦えるのは欧米からの武器支援があるからだ。ロシア軍はウクライナ軍に敗北を喫するとすれば、米欧の武器支援が最大の理由となるわけだ。ロシアにとってはベトナム戦争とは逆の結果となる。

初めて欧米の武器支援に警告を発したプーチン氏

ロシアのプーチン大統領は5月28日、フランスのマクロン大統領とドイツのショルツ首相との3者による電話会談を行ったが、その中でプーチン大統領は欧米によるウクライナへの武器供給について、「事態のさらなる不安定化と人道危機の悪化を招く恐れがある」と警告している。プーチン氏が欧米の武器支援に警告を発したのは初めてのことだ。

欧米からの武器支援がロシア軍の苦戦の大きな理由となってきたからだ。ウクライナという戦場でロシア軍と欧米諸国からの武器をもって戦うウクライナ軍の戦闘が展開されているが、実際はロシアと欧米、もっと厳密に言えば、米国との戦い、すなわち代理戦争の様相を益々深めてきている。

ちなみに、オーストリア国営放送特派員としてウクライナの戦場から報道するヴェーァシュッツ氏は、「ウクライナ戦争は次第にロシアと米国の代理戦争の様相を深めてきている。欧米側はロシアと遅かれ早かれ協議しなければならない」と指摘する。

世界の紛争を振り返ると、代理戦争と呼ばれる紛争は少なくない。サウジアラビアとイエメンで戦いが進行しているが、実際は、中東の盟主サウジとイエメンの戦いというより、イエメン内の反体制武装勢力フーシ派を支援するイランとの戦いといわれている。スンニ派の盟主サウジとシーア派代表のイランのイスラム2代宗派の代理戦争の性格が強い。

代理戦争では、大国の軍部関係者は開発中の武器を実戦で使用できるチャンスと受け取っている。シリア内戦ではロシア軍は開発中の新しい武器を実戦の場で使用してきたことは良く知られている。

ウクライナ戦争でもロシア軍は既成の通常兵器だけではなく、開発した新しいミサイルなどを使用して、その効果や破壊力を調べている。ロシア国防省は28日、北極圏のバレンツ海で極超音速巡航ミサイル「ツィルコン」の発射実験を行い、成功したという。ウクライナ戦争の実戦で同ミサイルが使用される可能性が出てくる。

ロシアと米国両国間で停戦への合意が不可欠

代理戦争の場合、例えば、ロシアと米国の全面衝突(核戦争)を回避し、サウジとイランの戦争を防ぐという意味があるが、紛争当事国の代表が交渉のテーブルにつかない限り、問題の解決はない。ウクライナ戦争でもロシアのプーチン大統領とウクライナのゼレンスキー大統領の首脳会談が求められるが、その前にロシアと米国両国間で停戦への合意が不可欠となる。

バイデン米大統領は30日、ウクライナへの武器支援で、ロシア領内を攻撃できる長射程の兵器を供与しないと強調している。ウクライナは米軍の多連装ロケットシステム(MLRS)を含む長距離砲の提供を求めていた。米国は戦闘がロシア領土まで拡大することを恐れているわけだ。

問題は、代理戦争を何時までも続けることはできないことだ。時が来たら、米国はロシアとウクライナ戦争の停戦に向けて協議のテーブルに着かなければならない。大国の道徳的責任だ。米国は武器だけをウクライナに提供して、いつまでも黒幕でいつづけることはできない。

海外亡命中のオリガルヒ(新興財閥)の1人、ミハイル・ホドルコフスキー氏は、「ウクライナへ武器供給する欧米諸国はロシア側にとって既に戦争当事国だ」と説明している。バイデン米政権はウクライナ戦争の当事国の一国として、停戦の道筋を早急に見つけなければならないのだ。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2022年6月1日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。