「誤算」といえばそれまでだが、ロシアのプーチン大統領のウクライナ侵攻はあまりにも多くの「誤算」を生み出した。プーチン氏はウクライナの北大西洋条約機構(NATO)接近、西側傾斜を阻止するためにロシア軍をウクライナに侵攻させたが、戦争勃発から4カ月が経過しても、プーチン氏の目的は実現できなかった、というより全く逆の結果をもたらしている。
プーチン氏の狙いは見事に外れた
欧州連合(EU)はウクライナを侵攻したロシアに対してこれまで経済・金融制裁を実施。ドイツ南部バイエルン州のエルマウで開催された先進7カ国首脳会談(G7サミット)にビデオ参加したウクライナのゼレンスキー大統領はEU側に「7弾目の制裁を実施すべきだ」と強く要請。
EUの盟主ドイツは従来の対ロシア融和政策を排除し、軍事強化に乗り出し、戦後から続けてきた紛争地への武器輸出禁止を破棄し、ウクライナに重火器を供給してきた。27カ国から成るEUの弱体化を図ってきたプーチン氏の狙いは見事に外れ、EUはこれまでにないほど結束を固めてきた。
プーチン氏の大誤算はNATO30カ国が対ロシア政策でその軍事強化、拡大に乗り出したことだ。マドリードで29日から開催されたNATO首脳会談でストルテンベルグ事務総長は、「プーチン大統領のウクライナとの戦争はヨーロッパの平和を打ち砕き、第2次世界大戦以来、ヨーロッパで最大の安全保障危機を引き起こした」と指摘し、ロシアに対して2010年の戦略概念であった「戦略的パートナー」から「同盟国の安全とユーロ大西洋地域の平和と安定に対する最大かつ最も差し迫った脅威」と変更し、ロシアと戦うウクライナをさらに支援することを約束した。
また、緊急時派遣軍をこれまでの4万人規模から30万人とほぼ4倍強に拡大、東部(ポーランド)と北部への軍事強化の方針を決定している。
(NATOは今回、ウクライナに地雷、化学的および生物学的脅威に対抗するための通信、燃料、医薬品、防弾チョッキおよび装備、携帯型アンチドローンシステムなどを新たに提供する)
NATOの中核、米国のバイデン大統領は、「米国は、ヨーロッパでの部隊のプレゼンスを拡大する。私たちは同盟国とともに、NATOがあらゆる方向から、あらゆる地域、陸上、空中、海上で脅威に対応できるようにする」と強調、米国がNATOとの協調関係を深めていく意向を表明している。
スウェーデンとフィンランドの2カ国のNATO加盟申請の承認
NATO首脳会談のハイライトは北欧のスウェーデンとフィンランドの2カ国のNATO加盟申請が承認されたことだ。北欧両国が加盟すれば、NATO側の対ロシア国境線は1300キロ長くなる。それに対し、ロシア側は、「我が国と同盟国への直接的な脅威となる」と指摘、北欧2カ国のNATO加盟を批判してきた。
ちなみに、スウェーデンとフィンランドが5月18日、加盟申請した際、トルコは、クルディスタン労働者党(PKK)、シリアのクルディスタン民兵隊(YPG)、ギュレン運動などの「テロ組織」に対する北欧両国の支持を理由に、両国の加盟プロセスを阻止してきたが、エルドアン大統領はマドリード首脳会談直前の28日、ボイコットを撤回し、両国のNATO加盟の道を開いた。
トルコ側の土壇場の変化については、スウェーデンが対クルド政策の見直しを約束、トルコへの武器禁輸撤回など譲歩を示した一方、米国がトルコと北欧2カ国の仲介に入り、トルコ側が願ってきたF16戦闘機の輸出を検討することを示唆した等の様々な理由が囁かれている。
プーチン大統領は29日、トルクメニスタンの首都アシガバートで、「NATOはウクライナの紛争を通じてその軍事的優位性を要求し出している」と警告を発し、「NATOの帝国主義的野心」と非難している。
なお、北欧2カ国の加盟でNATOは32カ国に拡大する。北欧両国の加盟が正式に決定するためには加盟国の批准が必要だ。加盟国の中には、ドイツのように夏の休暇前に批准を完了する国と、批准完了まで数カ月かかる国がある。そのため、ジョンソン英首相は、「北欧2カ国の正式加盟が実現するまで、NATO第5条を北欧両国に適応して、敵国から軍事攻撃を受けた場合、NATO加盟国が両国を軍事的に守るべきだ」と主張している。
ドイツのベアボック外相は、「北欧両国のNATO加盟はNATOの強化にもつながる」と指摘、スウェーデン軍が最新の近代兵器を保有し、訓練が行き届いた軍隊であることから、その加盟を歓迎した。
なお、NATO首脳会談では対ロシア政策だけではなく、中国についても初めて言及し、「その威圧的政策は、われわれの利益や安保、価値観に挑戦してきている」と警告している。今回のマドリード首脳会談には、インド太平洋のパートナー国のオーストラリア、日本、ニュージーランド、韓国がオブザーバーとして初参加した。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2022年7月1日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。