悲壮感が伴わない物価高:じつは物欲・消費欲の塊の日本人

先日、日本のテレビ番組の特集で年金暮らしをする方々の街の声を集めていました。「あなたの年金いくら?」と単刀直入な質問の多くは月6万から10万円。それに対して「足りるわけないじゃない」「やりくり大変」という声が並びます。そりゃそうです。6万から10万円の年金収入だけ捉えれば当たり前です。

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この質問は心理学的な誘導質問で初めに「経済的に生活はいかがですか?」と聞けばまだ多少ばらけた答えが返ってきます。しかし、年金額を先に聞いたあとに「生活はいかが?」となれば回答者は受給する年金額で生活ができるか、という趣旨に質問の意図を読み替えてしまいます。なので「やりくりできます」なんていう答えは100%返ってこないのです。その上、日本人の特性として清貧とあまり目立たないようにすることですから年金生活者に「生活はいかがですか?」と聞かれればウソでも本当でも9割の人は「大変です」と答えざるを得ないわけで意味がない番組構成とも言えます。

ただ、私が注目したのはそんなことではなく、年金生活で大変と言いながら銀座や新宿の繁華街に繰り出し、デパートやショッピング街で楽しんでいるということです。「高くわー」と言いながら2000円のランチをして「安かったら買っちゃった」と5000円也のバッグを大事そうに抱えているわけです。つまり悲壮感はないのです。

今年の夏のボーナスは4年ぶりの増額で93万円となっていますが、前年比伸び率が13.8%で1981年の統計以来、過去最高になっています。つまりバブル期の賞与の伸びより大きかったのです。このような明るい話題はさらっとしか報じられません。理由はそんなに浮かれた報道をすると批判殺到になるからです。事実、ニュース番組では賞与の出ない印刷会社の専務氏が「大手はうらやましい」と悲壮感を漂わせながら工場で働く姿を報じているのです。報道は真逆のインプットをするのです。

私は一つの仮説があるのです。「高いわー」というコメントは物価高に対する真の不満なのか、であります。私は石油ショックの時のトイレットペーパー事件をよく知っています。「おひとり様一つ限り」というチラシに子供の私も駆り出されたのです。あるいはコロナが始まった頃、マスクや消毒液の奪い合いで価格はアンビリーバブルな状態でしたが、人はそれでも買っていきました。つまり、不満はいうがプレミアム金額を払ってでも買う余力はあるのではないか、と思うのです。

今、都民に旅行キャンペーンの「都民割」が提供されています。本当に物価高でお金がないなら都民割に人は殺到しません。「お得感」があれば物価高による生活苦なんてすっかり忘れてしまうのです。ただ、これが日本の物価安誘導する麻薬だとは誰も気がついていません。

私は30年間日本を外から見ながら、日本に定期的に訪れチェックをしています。日本人が価格に不満を持つのは「お買い得」「値引き」「ポイント増し」といったプラスアルファの刺激がない場合です。つまりカンフル剤のようにずっと刺激を継続しなくて行けません。スーパーマーケットが手を変え、品を変え、バーゲン価格の値付けに忙しいのはそれが人間でいう心臓から血液を送り出すポンプの力だからです。「必要だから買う」、ではなく「お得だから買う」なのです。

語弊があるといけないので断っておきますが、「悲壮感が伴わない物価高」はもちろん全員に当てはまるものではありません。食材やガソリンが上がり、本当に苦しい家計も多いはずです。ただ、全体の中で見ればその比率はまだ低いのです。たかが2%程度の物価高を吸収できないほど日本人の家計は柔ではありません。

但し、貯金をせず、浪費し続けてきた人には堪えるでしょう。企業も家計もフローとストックの両面がある、そしてフローが赤字でも一時的なものなら、ストックから切り崩す余力があれば問題はないわけです。貯金はまさにストックの部分です。

最後に、なぜ、「貯金がない」人が全世代で増えてきたのか、です。「宵越しの銭は持たない」という言葉があります。入ったものは全部使うということで特に江戸っ子の気性を表した言葉だとされます。が、私はこれはほぼ日本全体に共通するものがあると思います。「ハレの日」の消費傾向は非常に強いです。旅行、祭り、イベント、お祝いや記念日などお金を使うシーンはずっと続きます。週末の繁華街の人手を見るたびに思うのです。「みんな、何処に行くのだろう?」と。

日本は消費大国です。これは間違いありません。物欲の塊、消費欲の塊だと思います。そういう一定の社会のトーンがある中で今まで5つ買えたものが4つしか買えないと「高いわー」になる、これが私の見る日本の物価高への不満だと思います。

ボトムラインとしては日本は依然、強い経済力を持っているということでしょう。For Sure!

では今日はこのぐらいで。


編集部より:この記事は岡本裕明氏のブログ「外から見る日本、見られる日本人」2022年7月1日の記事より転載させていただきました。