「昔はできたかもしれない」「いまは軍と民との区別がつかない」
先ほどフジTVの「プライム」で放送された番組で、民生技術の軍事転用の話が扱われた。日本の制服組トップ河野元統合幕僚長の発言だ。「かも」の部分を強調した。彼は多分「現実」をもっとご存じだろう。昔から一線を引くなど殆ど無理だった。しかし、慎重に明言を避けたと思われる。
この番組の「視点」は、大体いつも拍手だ。今回の放送は、ここ10年以上戦場などで大きな役割を果たし、戦局を変えるところまで到達しているドローンに関して、ロシア軍無人機「オルラン10」などに、日本製カメラが搭載されているという事実を、画像入りで紹介した。
広報活動の一環としてウクライナ兵がYouTubeで出演。
「さて早速ロシア軍が誇るオルランの中身を覗いてみよう」「おいおい、これは日本製のカメラだ」「まじかよ、出してみよう」「すげえ、マジでカメラが入っている」「なにか書いてあるな」「JAPAN」
殆どの日本の視聴者は、「おいおい、武器輸出3原則に引っかかるのではないか。そんな事実があるとは驚きだ。日本政府はなにしている」などと思うかも知れない。
筆者の最初の論点に戻ろう。ウクライナ側は、命を賭けて自国領土を守っている。藁にも縋る気持ちで、国際社会に支援を懇願、特に兵器を供与して欲しいと思う。だから何度も何度も呼び掛けてきた。だが日本は「我が国は3原則で兵器供与はできない。例外的に防弾チョッキは提供するが、兵器は絶対に無理」という感じで拒否してきた。水戸黄門の印籠にも似ているが、それがあれば平和が乱されず、維持できると信じる「9条」と「平和主義」に基づく考えと思われている。
今回のウクライナ兵のコメントは、そんな日本に対する事実の提示と”嫌味”と取れる。日本は得意の抽象的な理想論を展開、兵器供与はできないという。しかしロシア無人機に日本製が使われているのは知らないのか?というウクライナ兵からのメッセージだ。
このフジTV番組は取材を深めた。カメラ製造元関係者によると、計測機器など幅広く利用されている。しかしロシアへの輸出や国内での生産を行ったことはない。そして「兵器に使用されている可能性が高いことに大変驚いており、また悲しく悔しい限りです」というコメントを出した。
番組の解説では、追い詰められているロシアはほぼ何でも使える技術を調達努力をしており、制裁もあり、半導体も足りない、非常に困った結果の1つという感じだった。
筆者の次の論点だ。上記はある程度当たっているが基本は違う。今も昔も、あらゆる国の技術者は世界中から、使えそうなものを調べて、入手が簡単な民生品をテストしているのが現実だ。今のロシアに始まったことではない。
例えば筆者も直接関わったことがある。世界の諜報員の主な仕事は、映画「007」のような派手なものではない。殆どの工作員の仕事は、そこの国で公開されたメディアの論調をまとめて、国民の動向を探る。そして軍事に役立つ技術などの発掘だ。以下、紹介するような全く目立たない小さな日本の町工場の技術を発見した中国諜報員の腕は、かなりのものと言える。
さらに昔の体験が筆者の脳裏をよぎった。もう30年位前だが、米軍の兵器システムに日本の民生品がたくさん使われているという話を聞いた。少しでも常識を知れば当たり前の帰結で、その証拠が欲しかった。例の3原則と平和ボケで安全保障に関してはレベルが低いと思われている日本のメディアなので、普通なら取材拒否だろう。だが、筆者はそれまでの取材経験で、世界の現実を学んだ。いかに日本が世界を知らなく、遊離しているかを米軍に力説、上手く説得できた。
米陸軍基地で見たものは、米軍戦車に搭載された有線の地対地ミサイルだった。基本は自律性があるが、歩兵が画面を見ながら命中まで誘導する。ミサイルのお尻と歩兵のモニターをつなぐ光ファイバーは核戦争放射能に強い住友化学製。ミサイル先端のカメラはキヤノンだった。今回のロシア機もキヤノンのようにみえる。
今回のウクライナ兵がやったのと同じように、筆者は同行したカメラマンに依頼「JAPAN」 の文字を接写した。動かぬ証拠だ。画像はNHKが放送してくれて、国会で問題になった。今回の露軍機使用は大きな問題にはならないと予想するが、当時は例によって野党が大騒ぎした。
その時もいまと同じ軍民両用技術の現実は、日本人の想像を越えるものだ。民生技術と軍事技術は明確な一線が引けて、日本は軍事技術には関わらない、民用は大丈夫だが軍用は輸出しない、というような信念があり、それが正当だと信じる人がいる。
筆者は実際に発明に関わった米軍人との長時間インタビューをしたが、インターネットがもともと軍事技術からできたことを知らない日本人もいる。
それから数年後、米国防総省の国防高等研究計画庁(DARPA)を取材した。色々な内容で複数回訪問したが、その時は、日本のロボット技術がいかに高度のものかという取材だった。
戦場で重いものを持つ必要がある歩兵の負担を軽くするために、日本の介護ロボット技術に白羽の矢が立った。責任者は山海という筑波大学教授。後日、ロボットスーツで世界的に有名になった。彼には直接取材はしていないが、彼と交渉して「私は軍用に使われるプロジェクトには協力しない」と言われたという国防総省担当者から直接話を聞いた。山海教授の気持ちはなんとなく分かるが、苦笑いするしかない。
今日のフジTV番組では、さらに町工場のケースを紹介した。これも日本が世界に誇る農業用機器が危うく中国の手に渡りそうになった事件だ。ラジコンヘリの回転翼制御用モーターで、比較的簡単に軍事転用される代物。町工場には中国人が来て農薬散布のようなことに使いたいと大口注文、現金500万円の先払いだった。運よく税関で止められ、昨年7月経産省に告発されて現在も警視庁が捜査中だ。
この事件でも昔の取材を思い出した。2006年、ヤマハ発動機のラジコンヘリが人民解放軍に軍事利用される直前まで行って、やはり水際で止められて逮捕者まで出た。騒いだのが米国で、あまり意味が分からない日本人は、日米経済摩擦と絡めた議論するのもいて、失笑を買った。
もう1つの論点。30数年以上前の取材でのことだ。現在知っている人は多くないが、「ココム」という国際協定委員会があった。対共産圏輸出統制をする西側の組織で、社会主義諸国に対する資本主義諸国からの戦略物資・技術の輸出を統制するために1949年に設けられた協定機関だ。1987年、東芝(機械)が高精度の工作機械とソフトをノルウェー経由でソ連に輸出する事件が起きた。日本人の密告で事実を知った米国は内偵を続け、「ココム協定違反」として、日米関係を損なう大きな事件になった。
当時もいまも米ソ(露)は、潜水艦利用の海中移動核を大きな抑止力として利用している。どんなに大きくメガトン級の巨大な威力がある核ミサイルでも、地上にある限り場所が特定されているので、攻撃を受けて全滅する。爆撃機も地上に駐機している時間が大きい。だが海中で静かに移動する潜水艦は本当の脅威になる。その潜水艦のスクリューの形状が、発生する音の減少につながる。東芝の機械はソ連潜水艦のスクリューをより静かにして、海軍にとってソ連艦の居場所の特定を困難にするという米軍の理屈だった。
現在は中国、当時と現在はロシアが仮想敵国だ。一般的に技術は、書面上、表面的、レッテル上では軍事とか民生とかいうのだろうが、そんなことはあまり関係なく常に注意、捜査している米国と、極端に言えばなにを言われているか分からなかった日本の議論は噛み合っていなかった。
筆者は調査報道ジャーナリストとして、40数年国際的なスクープ取材をしてきたが、入手した機密情報をどこまで公開するべきか常に迷う。この時も、世界の機密扱いだったパリのココム本部の場所を米代表に一服盛って聞き出して押し掛けた。今思うと公開するべきでなかったと反省している。だがそれらの取材を通して、軍民両用技術の扱いがいかに重要か、技術1つでも戦争になれば信じられない数の犠牲者につながることを思い知った。
今回のフジTV番組でも「経済安保」や「キャッチオール」つまり軍事転用される可能性があるものは全てやらないという考えが論じられた。
軍事転用されるものと言えば、昔(いまでも?)米軍に使われていて、今回も多分そうだと思われる大手カメラも入る。日本の工業製品全てが輸出できなくなる。あり得ないことだ。
小生に言わせたら、30年以上議論と前進の必要性が叫ばれて来たのに、殆ど進んでない。だがまだ遅くない。軍民両方は一線など引けない。露中北、直接でなくとも、第3国を経由すれば入手できる。一旦、民生技術が軍事に転用されると、想像を絶する人命が失われる可能性がある。今回のウクライナ戦争が、顕著な切っ掛けだ。真剣な議論が望まれる。