It’s Baaack! マンデル=フレミング・モデルが戻ってきた!

池田 信夫

1ドル=132円を超え、円安が爆走中だ。これは黒田総裁の「家計の値上げ許容度も高まってきている」という発言の影響と思われる。黒田総裁の講演は「もっと円安になるべきだ」というトーンで、これにマーケットが反応したのだろう。

金利差が国際資本移動を促進する

この効果は古典的なマンデル=フレミング・モデルで説明できる。開放経済でIS-LMモデルを考え、国際資本移動が完全に自由で実質金利が世界全体でiwに決まっていると考える。FEは均衡実質金利曲線、Yは所得である。

Wikipediaより

変動相場制では、財政赤字を増やしてIS曲線を右に動かしてIS1にしても、LM曲線との交点で決まる日本の金利がiWより高くなるので資本流入が起こり、円高になって輸出が減る。この変化は実質金利が均衡水準iwに戻るまで続くので、IS曲線は元に戻り、財政政策は無効である。

他方、金融政策で通貨供給を増やしてLM1にすると、ISとの交点で決まる国内金利i’は海外金利iWより低くなるので、資本流出が起こって円安になる。この変化はi’=iWになってIS曲線がIS1に移動するまで続き、これによってYは増えるので、金融政策は有効である。

財政赤字はきかないが円安誘導はきく

世界的なゼロ金利状態ではiWとi’の差がなかったので、マンデル=フレミング効果はなかったが、日米の金利差が大きくなると、これが海外投資を増やしてIS曲線を右にシフトさせ、GNP(海外投資を含む)を高める効果が出てくる。つまり財政赤字はきかないが円安誘導はきくのだ。

かつては円安で投資の増える原因は輸出拡大だったが、今はゼロ金利で円を借りてアジアに投資するキャピタルフライトが大規模に起こっている。2010年代に、日本の海外直接投資は3倍になった。日銀のチープマネーは、アジアに投資されたのだ。

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21世紀政策研究所レポートより

この調子で1ドル=140円ぐらいまで行けば、グローバル企業の業績は改善し、GNPは大きく成長するだろう。しかし国内のGDPは伸びない。海外へのアウトソーシングが増えるので製造業の雇用は増えず、賃金も上がらない。

これは1990年代から進んできた世界経済のグローバル化なので、止めることはできない。資源インフレや経済安全保障には注意が必要だが、円安を恐れるべきではない。140円台の円安が長期的に続けば、海外に出た企業が日本に回帰する効果も期待できる。これが黒田総裁のねらいだと思われる。観光客や対内直接投資も増えるだろう。

ただし輸入インフレで小売業の経営は悪化し、実質賃金は低下するので、大企業と労働者の格差が拡大する。これを是正するには、外資を積極的に呼び込んで雇用を増やすだけでなく、社会保障の見直しも必要だ。ベーシックインカムや最低保障年金のような一括再分配に転換すべきだ。