無宗派の国民が過去20年間で急増:短期間の激変が欧州社会に与える影響

少々大げさな比較だが、読み続けてほしい。

アダムとエバの「失楽園」後、神は10代、1600年後に“第2のアダム”の立場のノアを選び出して創造の再出発を始めたが、人間が腐敗、堕落する姿をみて人類の寿命を短縮し、10代、400年後にアブラハムを選んだという。旧約聖書「創世記」にこの話が記述されている。

アダム創造から聖書学的年数で6000年目が過ぎた21世紀の今日、ひょっとしたら同じようなことが展開しているのではないかと感じる。世にいう“グロバリゼーション”の影響だ。本来ならば数百年の年月を通じて現れる現象が数十年の短い期間で起きているのを痛感する。それも人間の心の世界で見られるのだ。

オーストリアの宗教図=オーストリア統計局から(2021年)

ローマ.カトリック信者 493万人
正教徒 43万6700人
プロテスタント 34万300人
古カトリック教徒 4900人
イスラム教徒 64万5600人
ユダヤ教徒 5400人
無宗派 200万人
………………………………….
オーストリア総人口 894万人

短期間で激変した宗教図

今回の本題に入る。中欧世界を席巻したハプスブルク王朝時代、そして2回の世界大戦を経て1955年、再独立したオーストリア国民の宗教図が短期間で激変してきているのだ。「オーストリア統計局」が5月25日に公表した。国民の宗教図の統計は2001年以来20年ぶりだ。

ローマ・カトリック教国の同国では戦前まで国民の80%以上がカトリック信者だったが、2021年の現在、その割合は55%に減少したことが明らかになった。1980年後半から年平均1%の割合でカトリック信者が減少してきた。簡単に計算すると、あと5年前後でカトリック信者は国民の過半数以下になると予測できるわけだ。(プロテスタント信者は約3.8%)

その一方、イスラム教徒の数は現在、8.3%で過去20年間でほぼ倍加し、あと数年で人口1割を占めることが予想される。フランスの流行作家ミシェル・ウエルベック(Michel Houellebecq)は近未来小説「服従」の中で近い将来、イスラム教徒の大統領が誕生するというストーリーの小説を発表し、大きな波紋を投じたが、この近未来図はフランスだけではなく、オーストリアを含む欧州全土で当てはまる。欧州のイスラム化現象は着実に広がってきている。

看過できない無宗派の激増

イスラム教徒だけではない。正教徒の数も2.2%から4.9%と増えている。そして看過できない事実は、如何なる宗派にも属さない無宗派(無神論者、不可知論者など)は過去20年間で人口の12%から22.4%に膨れ上がり、音楽の都ウィーン市ではその割合は34%で、市民の3人に1人は無宗派だという事実だ。

中欧のチェコでは無宗派の割合は75%以上で世界最大の無宗派国だ。無宗派の国民の増加は欧州全般のトレンドとなっている(「なぜプラハの市民は神を捨てたのか」2014年4月13日参考)。

各宗派の増減の原因を簡単に振り返る。カトリック教会の場合、聖職者の未成年者への性的虐待事件の多発がカトリック教会の信頼を失わせ、信者の教会脱会現象を引き起こしていると考えてほぼ間違いがないだろう。

イスラム教徒の増加は、2015年の中東.北アフリカからの欧州への大量難民殺到に見られるように、イスラム教徒の欧州への移民増加がある。正教徒の微増は東方教会の正教徒が西方教会の欧州教会に移民として流れ込んできた。2022年2月24日後のウクライナ戦争はその流れを加速することが予想できる。

無宗派層の拡大は、戦後の資本主義社会での消費物質文化、社会の世俗化の影響もあって多くの信者が宗教から離れていった。「オーストリア統計局」の宗教図の激変について、宗教政治学者アストリッド・マテス氏は「社会の急速な世俗化」を第1原因に挙げている。

宗教の独占を失った教会

一方、チェコの著名な宗教社会学者、トマーシュ・ハリーク氏は、「社会的、文化的文脈全体が急変した。教会は宗教の独占を失った。世俗化は宗教を破壊こそしなかったが、変質させていった。今日の教会の主な競争相手は世俗的ヒューマニズムではなく、教会から解放された新しい形の宗教と精神性だ。教会が根本的に多元的な世界でその位置を見つけることは難しい」と説明している。

ハリーク氏によれば、無宗派は即無神論者を意味せず、既成の教会組織に属さないだけで、信仰を失ってはいない人々が含まれている。統計に表れない「この部分」が、ひょっとしたら社会変遷のプロセスで大きな影響を与えるかもしれないが、彼らを統合する組織、機関がないので、社会へ影響を行使するという点では時間がかかるだろう。

急速に「圧縮化」した歴史と人間の時間

オーストリアのアレクサンダー・ファン・デア・ベレン大統領は「緑の党」党首時代、マルクス経済学の教授だったが、宗教面では「自分は不可知論者だ」と表明してきた。そして大統領就任後、キリスト教に改宗している。時間的にいえば、過去20年余りでの変遷だ。「左翼思想の持ち主」が「不可知論者」という通過点を経て神を信じる「キリスト者」に変わっていった。

コラムの書き出しで述べたが、歴史の流れだけではなく、人間の時間もここにきて急速に「圧縮化」して展開されてきているのを感じる。ノアの時代、10代で1600年の歴史があった。アブラハム時代には同じ10代で400年の時間となった。

そして21世紀の今日、人類は過去100年でこれまで体験しなかったような圧縮された世界の中で生きている。オーストリアの宗教図の激変は、時間がこれまで以上にスピードアップして進行していることを強く示唆している。

RudyBalasko/iStock


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2022年6月7日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。