出口論を封じてきた日銀総裁の不作為の結末

日銀史上で最大のミステークになる恐れ

NYダウの1000㌦下落に続き、14日の東京市場は寄り付きで500円安、2万6500円という波乱の展開です。米国は金利引き上げ路線を走っているのに対し、日本は日銀総裁、官房長官、政策担当機関は「急速な円安を憂慮する」との発言を繰り返しているだけです。そのことこそ憂慮します。

欧米は金融緩和の出口戦略を展開しているのに、日銀の黒田総裁はこの10年、出口論のシナリオを匂わせることすらしてきていません。欧米が金利引き上げに向かっているのに、日銀は「大規模な金融緩和(ゼロ金利)を続ける」と述べ、世界の流れとは真逆のスタンスです。

日銀が不作為を決め込んでいる間、あっという間に一㌦=135円という98年以来の円安です。日本経済の安売りです。異次元緩和と一体になった財政拡張策により、日本の国家債務(国債、借金)はGDP比で米国の2倍、ドイツの3.5倍です。憂慮すべきはこの問題です。

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黒田総裁の相談相手と思われる榊原英資・元財務官(黒田氏の元上司)は、「利上げの時代に備えよ」(月刊文春6月号)で「年末あたりから150円までの円安も」と予想しています。肝心の金利引き上げについては「来年4月の総裁交代以降」と。「えっ、それまでやらないの」と絶句しました。

榊原氏は16年4月に「数か月以内に1㌦=100円を超え、定着する」と、予言しました。実際の流れはそれとは真逆で、今度は一転「年末には150円も」と。極端な言動を好む点では黒田氏(元財務官)も同様で、総裁に就任早々「通貨供給量2倍、物価上昇率2%、2年」を公約し、無残にも失敗しました。

主要国最悪の金融財政状態を招いたのは、政府、日銀が一体となったアベノミクスです。恐らく、日銀史上、最悪のミステークとの評価が下されることになると思います。ミステークで終わらず、手を打っても深手の傷を負うのです。

まともな識者は「日本の異次元緩和は曲がり角を迎えつつある」(吉川洋・東大名誉教授)と言っています。エコノミスト(元参議院議員)の藤巻健史氏は「もはや打つ手なし。金利を1%上げれば、日銀は2年で債務超過に陥る」(月刊文春7月号)と。日銀史上で最悪の事態を予言します。

それに対し、経団連研究所の永浜利広・研究主幹は「経済が正常化するまで積極財政を継続しなければならない」(日経経済教室)と述べました。安倍元首相もアベノミクスが否定されることを警戒する言動を続けています。

私は前日銀総裁の白川方明氏が「異次元緩和、アベノミクスはアジェンダ(政策課題)の設定が間違っている」と、批判していたのを覚えています。金融緩和や財政膨張ではなく、経済、産業システムの改革が必要だと。

近著「日本経済/成長志向の誤謬」(日経出版)で神津多可思氏(元日銀)は「構造改革が徹底されないまま、金融財政政策で景気を浮上させようとして無理。これ以上のマクロ政策の拡大は困難であるばかりか、むしろ弊害を生む」と指摘しています。お二人の主張は正論だと思います。

金融財政政策が経済システムの主役に躍りでていることが問題なのに、経団連のエコノミストがまだそれにすがろうとする主張をする。アベノミクス10年、それ以前からの拡張的な金融財政政策という「竹馬」を経済界や産業界は手離せない。

岸田首相の「新しい資本主義」は、予算案の要求項目を並べたてているよう継ぎはぎです。過去2、30年のマクロ経済政策と縁を切る。目先の問題としては、利上げを急ぎ、円安の弊害をなくすことです。日本は政策の検証をせず、次々に応急処置を繰り返してきました。その限界に目覚める時です。


編集部より:このブログは「新聞記者OBが書くニュース物語 中村仁のブログ」2022年6月14日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、中村氏のブログをご覧ください。