「新資本主義でSDGs達成 岸田首相」というタイトルのニュース記事を見かけたので、この短い論考を書くことにした。
「SDGsを意識した資本主義のあり方を追求する」と表現した方が適切のような気もするが、従来の資本主義のメカニズムが「持続可能性(サステナビリティ)」に欠け、各々が短期の効率性を追求する結果、長期的に見てさまざまな弊害をもたらしているという認識を前提にするのであれば、一般論としては何も付け加えることはない。
資本主義のメカニズムを競争のメカニズムと言い換えるのであれば、「新しい資本主義」とは、競争至上主義の弊害を是正する取り組みだということになる(「新しい」の意味についてはここでは問わないことにしよう)。
しかし、競争に一定の規律を行う制度設計は従来から存在してきたことには注意を要する。独占禁止政策、競争政策はその典型だ。これらの政策は、競争を機能化、適正化することで、国民生活の民主的で健全な発達を促進することを追求してきた。環境配慮型の競争制限等、社会的要請に基づく企業行動には独占禁止法は一定の配慮をしてきたし、優越的地位濫用規制に見られるような平等志向の規制もある(それはそれで激しく議論されてきたが)。
独占禁止法はこの四半世紀、強化の一途を辿ってきた。さまざまな規制緩和も、所管官庁による統制から独占禁止法という一般的規則による規律へと移行したと考えれば、それは「暴走する資本主義」と表現されるべきではない。暴走した部分があるとすると、独占禁止法のターゲットとなる市場支配(とその濫用)とは別の場所で、競争が機能不全を起こしているところだ。
例えば建設業におけるダンピング受注の問題を考えてみよう。ダンピングを規制するものとして独占禁止法上の不当廉売規制が存在するが、この規制は市場支配(とその濫用)の防止を趣旨とする規制として理解されているので、「総崩れ」的な価格低下にはなかなかその射程が及ばない。何度となく公共工事におけるダンピング受注問題が独占禁止法上取り沙汰されているのに、(違反の疑いに止まる)「警告」事例ばかりなのはそう説明できる。
不当な低額受注を押し付けたという観点から、優越的地位濫用規制の適用も考えられるが「地位の濫用」という要件がネックになる。建設業法にも同種の規制があるが、同じ問題を抱えている。確かに公共工事については会計法令上、低額受注を防止する規定が存在するが、民間ではそうはいかない。
しかし低額受注は労働賃金に大きな影響を与えるのでそれは官民問わず深刻な問題だ。建設業における労働環境の悪化はそれ自体問題であるとともに、安全環境の悪化につながり、社会基盤、生活基盤の悪化にもつながる。なお、公共調達全般を見渡すと、請負についてはその種の規定が及ぶが、そうでないと価格低下を防止する仕組みに欠けることになる。この問題にはどう対処したらよいのか。
同様の問題を、運輸(交通)においてはどうだろうか、農業においてはどうだろうか、あるいは士業においてはどうだろうかなど、個別に考えてみたら何がみえるか。
安ければそれでよいという発想は、一つの発想としてあってよい。しかし、「人」を重視する岸田内閣の「新しい資本主義」がそこにアラームを鳴らすのであれば、考えるべき各論はさまざまあるはずだ。そしてそういった各論には大抵、関連する法令、規則が複雑に絡み合っているものだ。「無法地帯」ではないのが却って悩ましいこともある。廉売の問題ではないが、例えば政府(活動)のDX化もこの各論の突破が課題となる。
そういった「各論」をどこまで詰めることができるのか。本当の勝負はそこにある。