急テンポで欧州に向かうモルドバ:ロシアとの関係に悩む「欧州の最貧国」

欧州連合(EU)欧州委員会のウルズラ・フォンデアライエン委員長は17日、ブリュッセルでウクライナとモルドバの2カ国を加盟候補国に認定する旨を加盟国に勧告した意見書を発表した。それを受け、27カ国の加盟国はその是非を検討し、今月23日から始まるEU首脳会談で最終決定を下す予定だ。

国際通貨基金(IMF)の岡村健司副専務理事(左から3番目)と会談するマイア・サンドゥ大統領(右から2人目の女性)=2022年6月13日、モルドバ政府公式サイトから、キシナウ市で

モルドバの加盟候補国入りは意外

ウクライナの加盟候補国入りの勧告は予想されていた。フォンデアライエン委員長は11日、キーウを訪問し、ゼレンスキー大統領と会談した際、ウクライナのEU加盟候補国入りを支持する旨を示唆していたからだ。モルドバの加盟候補国入りにはちょっと驚かされた。

フォンデアライエン委員長は、「モルドバは独立国家になって以来、腐敗、汚職対策など改革を果敢に推進し、欧州統合に歩みだしている」と高く評価している。モルドバは2016年、EUとの間で自由貿易協定を締結している。

ドイツのショルツ首相は16日、フランスのマクロン大統領、イタリアのドラギ首相、ルーマニアのヨハニスイ大統領らとキーウを訪問し、ゼレンスキー大統領と対面会談したが、その後の記者会見で、「ドイツはウクライナとモルドバ2カ国の候補国入りを支持している」と「モルドバ」を名指しで支持したのが注目された。

「欧州の最貧国」モルドバ

ロシア軍がウクライナに侵攻して以来、モルドバには多くのウクライナ国民が避難してきた。国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)によると、「欧州の最貧国」と呼ばれ、人口約264万人の小国モルドバに5月現在、約46万人のウクライナ人が避難してきた。

避難民の多くはモルドバに短期間滞在した後、他の欧州の国に向けて出国するが、10万人ほどの避難民は、「戦争が終われば、ウクライナに直ぐ戻れるためにモルドバに留まる」という。

モルドバのマイア・サンドゥ大統領は今年3月3日、EU加盟申請書に署名している。それから3カ月後、ブリュッセルはモルドバの加盟候補国入りを支持したわけだ。急テンポだ。

ただし、モルドバはウクライナのようには北大西洋条約機構(NATO)の加盟は願っていない。国内にロシア系少数民族が住んでいることから、プーチン大統領を刺激したくないという政治的判断が働いているものと推測される。

ロシア軍はウクライナ東部、南部地域で攻撃を強めているが、ウクライナ南部に接するモルドバ東部のトランス二ストリア地方で5月6日夜、爆発事件が起きた。インターファックス通信社が同月7日、地域の内務省からの情報によると、「少なくとも2機のドローン(無人機)がヴォロンコボの軍駐屯地の上空を飛行し、4回の爆発音が聞こえた」という。

トランスニストリア地方はウクライナ南部のオデッサ地方と国境を接し、モルドバ全体の約12%を占める領土を有する。モルドバ人(ルーマニア人)、ロシア系、そしてウクライナ系住民の3民族が住んでいる。

ロシアとの距離感に悩む

同地域にはまた、1200人から1500人のロシア兵士が駐在し、1万人から1万5000人のロシア系民兵が駐留。ロシア系分離主義者は自称「沿ドニエストル共和国」を宣言し、首都をティラスポリに設置し、独自の政治、経済体制を敷いている。状況はウクライナ東部に酷似しているわけだ。

トランスニストリア地方ではロシア人向けラジオ局の送信機用の電波塔が爆破され、ティラスポリにある地元の秘密情報機関の建物とロシア軍の駐留用建物が砲撃されるという事件が発生したばかりだ。

ロシア側は「ウクライナの仕業」と非難、ウクライナ側は「モスクワはロシア系住民を狙ったテロという理由でロシア軍を派遣する危険性が出てきた」と警戒している。ウクライナ南部とモルドバ東部のトランスニストリア地方が繋がれば、陸の回廊ができ、ロシア側にとって戦略的にメリットだ。

モルドバを視察したアンナレーナ・ベアボック独外相は、「モルドバの状況は非常に危機的だ」と述べている。モルドバのニク・ポペスク外相は、「わが国は小さく、軍事的にも弱い。そして私たちは分裂している。外からロシア軍が侵攻するとは思っていない。国内の親ロシア系と親ウクライナ系の国民の間で対立がエスカレートする危険性のほうを恐れている」と強調している。

ちなみに、モルドバのキシナウ市を訪問し、サンドゥ大統領と会談した国際通貨基金(IMF)の岡村健司副専務理事は14日、「ウクライナでの戦争や国際的な対ロシア・ベラルーシ制裁の波及効果で、貿易の混乱、エネルギー価格の上昇や、大量の難民の継続的流入などが発生してモルドバに多大な影響を及ぼしており、国外からの資金調達の必要性が高まっている」と指摘している。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2022年6月19日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。