両国軍兵士の士気は下がり脱走も:ロシアとウクライナの戦いが長期に及ぶ可能性

北大西洋条約機構(NATO)のイェンス・ストルテンベルグ事務総長は独日刊紙ビルト日曜版(6月19日付)とのインタビューの中で、「ロシア軍とウクライナの戦いは今後、何年も続くだろう」と語り、ウクライナを支援する西側連合国に、「長期戦争に備える必要性がある」と警告している。

ストルテンブルグ事務総長とロイド・オースティン米国防長官(2022年6月16日、ブリュッセルでの会合で、NATO公式サイトから)

同事務総長の発言の背景には、ウクライナ側を全面的に支援してきた西側にも、戦争の影響もあって物価急騰、エネルギーや食糧価格の上昇が深刻化し、ウクライナ支援に次第に陰りが見えだしてきたからだ。同事務総長は、「ロシアに対するウクライナの支援を緩めてはならない。ウクライナ国民は毎日多くの命を失っている。我々の支援はそれと比較できるものではない」と述べている。

それを聞いた時、ロシア軍兵士だけではなく、ウクライナ兵士にも疲れが見えだし、士気が下がってきているという情報を思い出した。ウクライナ戦争の長期化は侵略者側のロシアだけではなく、ウクライナ側にも消耗戦の様相を深めてきている。

ロシアのプーチン大統領は2月24日、ロシア軍にウクライナ侵攻を命令したが、当時、「数日間でキーウを制圧し、ゼレンスキー政権は敗走するだろう」と考えていたという。要するに、短期決戦だ。実際は、ウクライナ軍の国土防衛への士気は高く、国民も結束して立ち上がったため、プーチン氏の計算は狂い、補給や食糧不足、兵士の士気の低下を露呈し、キーウ制圧作戦は見事に失敗した。結局、ウクライナ東部・南部に軍を再結集する一方、モスクワからの補給を得て、東部制圧に乗り出してきた。

一方、ウクライナのゼレンスキー大統領は国土防衛を国民に呼びかけ、18歳から60歳までの男性に武器をもってロシア軍と戦うように要求する一方、欧米諸国には、「重兵器を含み武器の供給」を求め、「ロシア軍の戦いは世界の民主主義への戦いである」として、世界に向かってロシアへの制裁強化とウクライナへの支援を呼びかけてきた。ここまではウクライナ側の計算通りに進んできたが、戦いが100日を過ぎ、4カ月目に入ろうとしてきた現在、祖国への愛国のもとで団結、連帯してきたウクライナ側にも兵士の士気の乱れが見られ出してきたというのだ。

英国情報機関筋によると、ウクライナ軍の中にも数週間続くドンバスでの激しい戦闘で、兵士が脱走するケースが出てきた。一方、ロシア軍の士気は「非常に貧弱で、部隊全体が上からの命令を拒否し、将校と軍隊が戦うという事態もみられる」というから、プーチン氏が戦場の現場をみればビックリするようなカオスが生じているのだ。

ロシア軍側の場合、隣国ウクライナとなぜ戦争しなければならないかも説明されず、戦いの前線に派遣された若いロシア兵士たちが多いといわれる。徴兵期間中のロシア兵の中には徴兵期間の延長を命令されたケースもある。戦争ではなく、「特殊軍事行動」という呼び方に拘るプーチン大統領だけが軍隊に檄を飛ばし、戦果のない軍司令官を更迭しながら、戦いの勝利を今なお信じている。なお、独週刊誌シュピーゲル6月11日号は、ロシアの地方に住む若い青年たちが軍徴兵係からスカウトされ、家族のためにまとまったお金を得て徴兵に応じている状況をルポしている。

ウクライナ戦争関連の情報を西側通信社に依存している欧米では、これまでウクライナ軍の士気の高さ、国民の結束など、ポジティブな情報が主流で、兵士の脱走といった情報がこれまでほとんど流れてこなかった。しかし、戦いが4カ月間に及ぶ今日、ウクライナ側にも戦い疲れや戦争の意義への疑問をもつ兵士や国民が出てきたことをもはや覆い隠すことができなくなったわけだ。

多くのウクライナ国民はある日突然、自分の家に隣国の軍隊が侵入し、住居や病院、学校などを破壊され、無差別攻撃を受ける、という事態にショックを受け、その悪夢から立ち上がることが出来ずに苦悩している。西側の社会学者はウクライナ国民の「心的外傷後ストレス障害」(PTSD)と呼んでいるほどだ。

ストルテンベルグ事務総長は、「ロシアのプーチン大統領に対して確固たる立場をとらなければ、後日、はるかに高い代償を払うことになるだろう」と説明する。英国のジョンソン首相は、「西側は長い戦争に備える必要がある。具体的には、ウクライナが侵略者よりも早く武器、装備、弾薬、訓練を獲得できることを意味する」と語っている。

侵略者側も犠牲国側も指導者たちは依然、勝利を信じているが、両国の兵士、国民には閉塞感、虚無感といった現象が広がってきている。如何なる理由があろうとも、戦争は非人道的な蛮行だ。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2022年6月21日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。