巷では「短所を埋めるよりも長所を伸ばすことが大事」というのが常識のように言われており、「いやいや、短所を埋めるのも大事でしょ」と言おうものなら、「何をおかしなことを言ってるんだよ」と、大ブーイングを食らってしまいかねない雰囲気です。
たしかに、キャリアの前半、つまりあなたが「まだ何者でもない」ステージであれば、自分の強みを伸ばすことだけを考えていても許されるでしょう。
ところが、人をまとめ、組織を率いるリーダーの立場になっていくにつれ、「強みだけに目を向けていればいい」とは言っていられなくなります。
組織をまとめる立場となれば、「組織の弱みを洗い出して克服すること」が必須になってきますし、場合によっては「自分自身の弱みと向き合うこと」が必要となってくるでしょう。
一芸に秀でるだけでは人の上に立てない
あくまでもプレイヤーとして動く平社員のうちであれば、特定の分野に秀でていれば、その他の分野で弱点が多くても許され、場合によっては重宝されて可愛がられることもあるでしょう。
ところが、時が経って「部下や組織をまとめるマネージャー」の立場になると、自分の専門分野に専念しているだけではダメです。
「さまざまな仕事をまんべんなくこなす」ことや「部下や組織の弱点を補うという」ことが求められてくるのです。
「人の上に立つリーダーは、何かの専門家(スペシャリスト)というだけでは不十分」で、「様々な分野で経験を積んだ人材(ジェネラリスト)が出世する」というのは、日本企業だけでなく欧米企業でも共通しています。
「欧米はスペシャリストを大切にする社会なんだ!」というのは勘違いなのです。
(筆者自身の主観ではなく、経営組織論に関する各種の研究でも、欧米企業の経営陣はジェネラリストが多いことが示されています。)
この事実については、筆者はこれまでの記事『スペシャリストは「名ジェネラリスト」の下で輝く!?』や『日本企業はスペシャリストを育てないからダメなのか?』などを通し、繰り返し解説してきました。
「リーダーは自分の専門分野にこだわらず、さまざまなことに目を光らせなければならない」というのは、会社組織に限らず、スポーツチームなども含むあらゆる分野の組織に言えることです。
例えば、野球の監督が「オレは現役時代はピッチャーだったから、バッティングの強化はほどほどにして、投手陣の育成に専念するからね」なんてことはありえません。
また、大学の研究室の場合でも、例えばiPS細胞の研究で有名な京都大学の山中教授のように、もともとは研究の道に邁進することに喜びを覚えていた人も、やがて研究の成果が世間の注目を浴びるようになり、「研究に参加したい」という人が増えてくると、彼(女)らを管理する必要が出てきます。
こうなると、「僕はもともと研究にしか興味ないんだから、人の管理なんてやりたくないよ」なんてことを言っている場合ではありません。
人的資源の管理以外にも、研究を拡大するのに必要な予算を獲得するために、企業などと交渉していかなければなりません。
つまり、予算管理(ファイナンス)の感覚や、交渉術、プレゼンテーションスキルが必要となります。
ここまで見てきたように、キャリアの前半では「何かの分野のスペシャリスト」というだけで食べていけるとしても、人を率いる立場になれば自ずと様々な分野のことを同時に考えなければならなくなってくるのです。
こうした「ジェネラリストへの脱皮」こそが、人を導くリーダーが通過しなければならない関門だと言えるでしょう。
弱みから目を背けていた自身の経験
かく言う筆者自身にも、「自分の弱みに目を向けられない」時期がありました。
勤めていた銀行を退職して独立し、法人を対象とした広告制作・運用の事業を開始した頃、「俺は人を管理するのがニガテだから、部下や従業員なんて持たず、自分の作業に専念するぞ」という考えを持っていました。
ところが、実際にクライアント企業の広告を制作するプロセスに携わり、手掛ける案件が少しずつ大きくなっていく中でどうしても「これは一人でこなすのはキツいな。他にも技術がある人に手伝ってもらわないと…」と、人手を必要とする状態になってきました。
そこで制作技術のある人を集めてきて、一緒にプロジェクトをスタートすることになったのです。
ところがすでに書いたように、私自身は複数の人を束ねてプロジェクトを進める経験に乏しかったこともあり、(自分では丁寧に説明しているつもりでも)稚拙な指示をしたり、的確なフォローをし損ねるというエラーを繰り返してしまいました。
結果、出来上がった成果物はあまりにも酷いものとなってしまったのです。
その時に集まってくれた制作者の方々からすれば、まさに「こんな上司はイヤだ」とイメージされるような、頼りない管理者そのものだったでしょう。
・・・外注を受けてくれた制作者とクライアントの両方に迷惑をかけてしまった経験は、「人をまとめるのは好きじゃないから、職人気質のスタイルで一人黙々と仕事すれば良いじゃないか」という姿勢を否応なく考え直す必要に迫られることになりました。
この出来事がきっかけとなり、私は「自分が指示を出して作業者を戸惑わせてしまった時のこと」を振り返り、「戸惑わせてしまった時に共通するパターンはないか」を探してリストアップすることに努めるようになります。
自分自身が人との間で起こしたトラブルについて(本来は一刻も早く消したい記憶であるにもかかわらず)やり取りした内容を文字に起こして振り返る作業は、自分の得意な事に邁進している時とは180度逆の“後ろ向きな仕事”そのもので、気が滅入るものでした・・・。
ですが、このタイミングで「指示ミスの頻出パターンを見つけ出し、再発予防のためのチェックリストを作った」ことは、後々の自分を何度も救ってくれる大きな財産となりました。
今振り返ってみても、「弱みとしていた領域に目を向けることの大切さ」に気づく貴重な機会だったと感じます。
リーダーは「弱みに立ち向かう勇気」を持ちなさい
「短所を埋めるより長所を伸ばすほうが大事」という意見が主流になっている理由の一つには、「そう言ってくれる人のほうがウケがいいから」というところは間違いなくあるでしょう。
やはり人間であれば誰もが短所はあるものなので、「短所は無理に克服しなくていいんだよ。君のいいところだけを意識しなさい」と言われるほうが気持ちがラクになるし、そう言ってくれる人のほうに好感を持ってしまうのは自然な感情だと思います。
また、世の中の大半の人は「人の上に立って指導する」ステージではなく、「プレーヤーとして突き抜けようともがいている」ステージにいるので、強みを作って突き抜けることを優先せざるを得ない状態だということも背景にあるでしょう。
ですがこれを読んでいるあなたは、すでにリーダーとして人を率いているか、あるいはこれからリーダーになっていく立場のどちらかのはずです。
ゆえに、あなたにはぜひ「弱みに立ち向かう勇気」を持ってほしいと思います。
ただし、「短所に目を向ける」というのは、必ずしも「自分の苦手なことを一から十まで自分の手でやる必要がある」というわけではないことも知っておいてください。
場合によっては、その分野に適任な人を抜擢し、その人に任せながらも“丸投げ”の形にならないようしっかりと監督する、というやり方もアリでしょう。
野球チームの場合でも「名監督」と言われる人ほど、例えば現役時代にピッチャーだったからといって投手の面倒ばかり見るのではなく、打線の強化にも(有能なバッティングコーチの手も借りながら)取り組んでいるものです。
部下には「苦手な分野でクヨクヨ悩んでないで、お前の得意なことで勝負すればいいんだぞ」と励ましつつも、あなた自身は苦手な分野とも真正面から向き合う覚悟を持つことが「他のリーダーに差をつける」ための秘訣なのです。