スイスの「協調的中立」の行方は:欧州で最も汚職が拡大していたウクライナの救済

ロシア軍がウクライナに侵攻して4カ月が経過し、戦争は長期化の様相を深めてきたが、同時に、ロシア軍の攻撃を受け破壊されたウクライナの復興計画が欧米を中心に進められている。

ルガーノでウクライナ復興会議を主催するカシス大統領兼外相(訪日したカシス大統領と会合する岸田文雄首相、2022年4月18日、首相官邸公式サイトから)

ウクライナの復興計画の主導権争い

戦闘が続き、停戦の見通しもついていない段階で復興計画は時期尚早という面もあるが、ウクライナ復興には天文学的な資金と人材が必要となる。第2次世界大戦後の最大のプロジェクトだ。当事国ウクライナばかりか、周辺の関係国にも大きな経済的インパクトを与えるだけに、復興計画を巡り外交の舞台裏で激しい主導権争いが展開されているわけだ。

ウクライナ復興計画としては、欧州連合(EU)が先行している。EU欧州委員会のフォンデアライエン委員長は5月の「世界経済フォーラム」(通称ダボス会議)で、「EUがウクライナ復興では指導的役割を果たしていく」と表明済みだ。EUがウクライナをEU加盟候補国に認定したのは、停戦後のウクライナ復興で主導権を握るための第一歩だった、ともいえるかもしれない。

EUの復興計画に対抗しているのは中立国のスイスだ。スイスのイグナツィオ・カシス大統領兼外相は同国南部ティチーノ州のルガーノでウクライナ復興会議を開催し、中立国の立場から復興計画を進める考えだ。キックオフ会議は今月4日から5日、参加国41カ国、世界銀行や国連など19の国際組織の代表がルガーノに結集する予定だ。「閣僚や首相、大統領レベルが参加する重要な会議になる」という。

以下、スイス公共放送(SRF)のスイス・インフォが「ルガーノ復興会議」に関する最新ニュースレターを配信してきたので、「ルガーノ復興会議」の見通しやその課題について紹介する。

ロシア軍のウクライナ侵攻以来、「ウクライナ戦争では中立というポジションは本来、考えられない」として、欧米諸国はウクライナ支援で結束してきた。

スイスの中立主義

そのような中、1815年のウィーン会議以来、中立主義を国是としてきたスイスはウクライナ戦争勃発直後、欧米の対ロシア制裁を拒否してきたが、欧米諸国からの圧力もあって3月5日から、対ロシア制裁を実施してきた。スイス銀行協会(SBA)によると、ロシア人顧客がスイス銀行に持つ口座に保有する資産は最大2000億フランに上ると推計、その大部分は制裁対象外だという。

カシス大統領は5月のダボス会議で、「スイスは今後、協調的中立を目指す」と表明し、スイスがウクライナ問題では全面的に欧米諸国と歩調を合わせていく意向を明確にした。ちなみに、「復興会議」の開催地ルガーノはロシアとウクライナの鉄鋼取引の中心地で、同市には300人のロシア人(多くはオリガルヒ=新興財閥)が住んでいる。

参考までに、世界有数の鉄鋼商社デュフェルコ・インターナショナル・トレーディング・ホールディング(DITH)の大株主は中国の鉄鋼メーカー河鋼集団だ。ロシアや中国の鉄鋼企業はルガーノに拠点を有している。

ところで、復興会議となれば、その膨大な資金をどこから獲得し、誰がそれをまとめて運営していくかが大きなテーマだ。ウクライナのゼレンスキー大統領は5月23日、ダボス会議にオンラインで参加し、その中で、「ロシアの海外資産を見つけ出し、没収・凍結しなければならない」と訴えている。

米下院では4月、オリガルヒの凍結された資産を没収・売却し、その資金をウクライナへの軍事・人道支援に充てるよう大統領に求める法案を可決している。

ただし、オルガルヒが世界の銀行に保有している資金の没収案については、国際金融界をリードしてきたスイス銀行業界では抵抗が強い。スイス銀行の信頼を危機に落とす、という懸念があるからだ。

欧州で最も汚職・腐敗が拡大していたウクライナ

また、ウクライナは戦争前、欧州で最も汚職・腐敗が拡大している国といわれてきた。それだけに、復興計画を推進する際にはその運営が大きな課題だ。資金が集まってても、それが効果的に使用されなければ、復興資金は枯れていくだろうし、国民の信頼も得られなくなる。

スイスはEUにも北大西洋条約機構(NATO)にも加盟していない。同国が国連に加盟したのは2002年だ。国連に加盟して今年で20年目を迎えた。国連加盟国193カ国中、3番目に若い加盟国だ。そして今年6月9日、国連安全保障理事会の非常任理事国に初めて選出された。

今回の非常任理事国候補に手を挙げる時も国内で意見が分かれた。非常任理事国となれば、同国の中立主義が揺れるのではないか、という懸念だ。保守系右派・国民党は昨年末、政府に立候補断念を要求する2件の動議を提出した。

ウクライナ問題でも中立国の北欧2カ国、スウェーデンとフィンランドがNATO加盟に向かっている現在、「中立主義はもはや存在していない」、「中立主義はご都合主義的で時代遅れ」といった厳しい声も聞かれるが、スイスはオーストリアと共に、中立主義を堅持している。

北朝鮮と外交関係がない米国のために在平壌のスウェーデン大使館が代行してきたように、スイスは近い将来、モスクワでウクライナの利益代行する、といった案も聞かれる。

カシス大統領はルガーノの「復興会議」ではマーシャルプランに倣った「ルガーノ宣言」を採択したい意向という。いずれにしても、ルガーノの「復興会議」が成功するか否かは、スイスのその後の「協調的中立」の行方を左右することになる。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2022年7月2日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。