安倍元首相襲撃事件の警備

今回の銃撃事件。これから詳細が判明して、いろいろな新事実が明らかになるだろう。一応、現時点で判明している情報を元に、米国など日本以外の視点から、今回の安倍襲撃事件警備の問題点を指摘したい。

一番重要なのは、警備担当の「目線」。

この悲劇の詳細は、国民が知るべき権利なのに、今後に差し支えるという理由で現時点では公開されていない。現場に何人の警備担当が、どこにいてなにを見ていたかは超重要だ。いますぐにとは当然言わないが、最後の最後まで公開しないかも知れない。サリン事件とは詳細が違うが、確か最後まで公安などは責任を取らなかった記憶がある。再発防止のため今回はそうならないことを祈る。

山上徹也容疑者を取り押さえる警備 NHKより

分かっていることは、警備は地元の県警が中心で、警視庁SPが1人いたと聞く。SPならば米国などの犯罪先進国から要人警護の基本を学んだはずだ。

抑止力になることも知らず、昔の日本は目立たないようにするという意味不明の理屈で、私服で一見警護なのか分からなかった方法を取っていた。逆に警備がいないと思い込み、襲撃を助長することを考えないのだろうか。

だが今回は一目で「え、どうしたの?」と思ったこと。自民党のスタッフか警護か分からないものもいたが、5-10人くらいの多くが、安倍氏の左右などに立っていて、安倍氏と同じ聴衆の方向をみる形になっていた。あたかも安倍の支持者の仲間で、演説の内容はいいだろう?というような姿勢にみえた。

当然、いままでの日本なら、聴衆から誰かが飛び出して、撃つなり、刺すなりをする、それを全力で阻止する、そんな典型的なシナリオ想定を感じた。

まずはここで言えること。日本でよくあるかなり高い位置の街宣車、その上からの演説なら、襲撃しにくい。当然、かなりの抑止になるが、今回はなんらかの理由でほぼ平場に近い場所で、安倍氏は演説していた。襲い易かった。街宣車が使えない理由があったのだろう。上になれば距離も増す。手製の銃の命中率は低い。結果論だが、死亡までいかなかったかもしれない。

一番重要なこと。警備の殆どが見ているのは前方。当然、後ろでなにが起きているか分からない。

そして発砲音と煙。1発めは皆が立ち竦んだ。画像によると、固まった感じがする。プロはすぐに反応するような訓練を受けている。ここがプロではない。常識で考えれば他は前方をみていても、最低2人くらいが後ろをみているはず。

今回は手製のパイプ銃のようなものが使われた。パイプ2本を木製の台座に載せて、引き金を取り付けて、ガムテでぐるぐる巻きにした感じ。2連装で連射ができるようにしてあった。銃身は約40センチと短い。

米国ではやはり隠すために、銃身を半分に切って使うこともある。糸鋸などで切るので、ソードオフ・ショットガンともいう。筆者も撃ったことがあるが、取り回しが楽で、目立たない。銃身の長さに比例する命中率は、当然落ちる。

問題は弾丸。あれだけ煙が出たということはまず市販のものではない。手作りだ。そもそも、散弾なら、日本でも資格がある人間なら入手できる。だがあんな煙が出ることは絶対にない。多分、花火などの火薬をバラして詰め直した可能性がある。

筆者は世界中で、AK47など小火器拡散、アフリカ、中東、パキスタンなどでの手作り銃器も取材した。テロリストの友人もできた。

銃製造より、弾丸を作る方が難しい。大昔のポルトガルからの先こめ銃は別だが、通常の1つだけ先端の玉が発射されるものは一般的に製造が難しい。それではなく、日本では猟銃に使われる散弾は、通常小さな玉が同時に発射、拡散するもので、腕が悪くても少しは当たる。こちらが造り易い。多分、これが2発発射されたとみられる。

小生は何度も、シークレット・サービス(SS)が絡んだ取材をした。大統領の近くで取材するだけでも、完全に性悪説で、「おいおい、そこまでやるのか?」というくらい所持品などを徹底的に調べられる。ここまで疑うのかという性悪説で、全員が「いきなり攻撃する」という前提で言動する。そうでないと、米国で要人は守れない。

2009年7月、インドネシアのマリオットホテルに長期宿泊した。独立記念日関連の祝日。ロビーの金属探知機の扱いが、いつもいい加減なことが気になった。ホテルの総支配人に警告したが、真面目に取り合わなかった。そして、その1週間後、爆弾テロが起きて仲良しのホテル従業員が10人くらい亡くなった。テロ関連などの警備はいつも生死がかかっている。

日米は危険度や銃管理が違うというが、今回、繰り返しになるが、基本中の基本が守られなかったと思われることは以下だ。

SSがよくいうこと。攻撃阻止の時、普通の人が考えるような導線、目線、攻撃方向はあまり考えるな、普通ではあまり考えない可能性をいつも頭に入れるべきだ。一緒にいるとよく分かるが、SSはいつも飛んでもないところを見ている。

日本の場合、多分、正面からの攻撃が多いと想像できる。例えば演説に怒り近づいて殴る、モノを投げる、傘で突くなどだ。さすがに刃物で刺したり、銃で撃つ可能性は大きくないと思われる。

米のSSは正面をみるのは1-2人くらいだけで、残る殆どはあまりみない。後ろや横、「え、こんなところに人がいるの?まさか」というような場所や人間を常に探している。目線が分からないように、サングラスを掛けることが多い。今回のように、警備担当が安倍氏の前と横に立って、安倍氏と演説を一緒にしているような感じには、最初に目を疑った。

そして1発目。画像では皆がなにが起きたの?という感じで固まった。SSのプロなら、後ろもみており、まずは犯人が近づいた時点で制止。職質くらいした可能性がある。百歩譲って一発目が阻止できなかったとしても、それまで注意を払っていれば、すぐに動ける。結果、もみ合いになり、数秒後の2発目の阻止ができた可能性も。

今回は1人だけ、後ろをみているような男性がいた。警備なのか、選挙関係者なのか分からない。だが1発目以降、効果的な動きをしたようにはみえない。

しかし、今回、現場の警備担当1-2人は、2発目前後で明らかにプロの仕事をした。安倍氏を体で保護、(既に倒れていたが)立っていたら押し倒してカバーする、別の警護は体を張って犯人を取り押さえた。散弾に有効とは思えない防刃アタッシュケースを翳して身を守り、犯人に近づいた。1人は犯人の上に乗り、抑えて動けないようにした。ここはプロの仕事をやったので、評価できる。

日本と比べて誰もが銃を持っている米国。レーガン大統領狙撃時は、SSが隠し持っていた戦争にも使える軽機関銃を取り出して、いつでも撃つ用意をした。今回の安倍銃撃では、刃物ではなく銃が使用されたのに、出しそうになったSPらしき(女性)はいたが、銃を引き抜くことはなかった。共犯がいればさらなる犠牲者も出た。ここも平和ボケ、犠牲者が出る前に議論して、すぐに反撃できるようにするべきだろう。それとも、犠牲者が出るまで待つのだろうか。

安倍氏と一発目の銃との距離は3-10メートルと情報が錯綜している。仮に5メートルとしよう。安倍氏と同じように、演説しながら正面ではなく、後ろを警戒心を持ちつつ見ている警護が1人でもいれば、一発目が防げなくとも、すぐに動けば、2発目阻止の可能性があり、一命を取り留めたかもしれない。

極端に言えば、あの後方軽視、至近距離なら、銃でなくとも、刃物でも後ろから刺すなどのことができた可能性がある。そこを指摘したい。

一部日本人は、日本は銃に慣れていないとか、米とは違うとかいう。

日米が間違いなく違う点は、狙撃銃だ。小生はよく言うのだが、現時点で演説中の政治家を殺害するのは簡単。ここには書かないが、日本にも持ち込める。高性能の狙撃銃を使って1キロ近くの遠距離から、演説中の政治家の顔を撃って、すぐに逃げれば、完全犯罪に近い。

今回の事件でますます米国の悪い点を日本が学ぶ可能性がある。いままで考えられないような遠距離狙撃も起きうる。

もう20年以上前、ホワイトハウスの庭にいた時だ。屋上に狙撃銃を構えた兵士のような屈強な男がみえた。「おいおい」と騒いだら、狙撃する悪党を早めに見つけて、その悪党を狙撃する専門家だという。両方で、スコープを通してお互いの目を同時に見たら、とか想像する。

地対空ミサイルもあったし、WHの警備は半端ではない。将来の日本も、狙撃を防ぐための狙撃手の訓練が始まるかも知れない。

上記のような蛮行を語るのなら、日本は銃に慣れていないといえる。しかし、今回のような至近距離からの攻撃。その時警護の殆どが正面をみており、後ろを殆ど誰もみていない、画像でみる限り、1発目で凍りつき、すぐに動かなかった。2発前後で、さすがに取り押さえているシーンがみられる。ここの点を考えると、銃ではなくとも、刃物でも似たような展開の可能性があると思われる。やはり改善の余地がある。

日本での議論の中で気が付いたこと。政治家の安全を守るのも分かるが、政治家は人々と触れたい、人々の考え、温もりを直接感じて、当選してそれを実現したいという強い気持ちもある。だがもし自分の周りは警官だらけ。自分は防弾ベストを着ている。街宣車も高過ぎる。なんとか「上から目線」は避けたい、国民と触れ合いたい、近づきたい、そんな考えも政治家にはある。

この考えで、オープンカーに乗らせて、米国はケネデイ大統領を失った。他の幾つもの理由があるが、いまは安全性が絡むことなら、SSにかなりの権限がある。

最近起きたことで知っている人も多いだろう。トランプのクーデター未遂といえる事件。当時を知る人間の証言で明らかになったこと。選挙結果を覆したかったトラが、支持者が集まる議会に行きたいとダダをこねた。ますます民衆を煽り、ペンス副大統領を脅かすためだ。その時、(選挙結果のこともあったのかも知れないが)、SSは大統領の安全を守るために、「俺は大統領だ、いうことを聞け」と言ったトラの命令を無視。WHに向かった。安全維持のためには、大統領命令を無視するほどの権限がある。

つまり、政治活動のためだと政治家が言っても、安全性確保のためには、SPが総理にでもNOをいう時代が、日本にも来るかも知れない。

日本の識者のコメントで「民主主義でこんなこと許せない」「言語道断」「絶対にあってはならないこと」「通常でもそうだが、選挙中でこんな蛮行はあり得ない」などを聞く。全て正論だ。そしていつもそうだが、日本人の一部は、「戦争をやってはいけない」「平和が絶対」とも言う。だがそんな理想論をよそに、理想を破り蛮行を実際にやる人間がいる。具体的な対策、抑止、準備をしないと必ず後悔する。