2022年7月8日は多くの日本国民にとって忘れることが出来ない日となっただろう。海外に住む当方にとってもそうだ。安倍晋三元首相が8日午前11時半、奈良市で参院選の応援演説中、41歳の無職の男性に2発、背後から銃撃された。心肺停止状態でヘリコプターで病院に搬送され、4時間以上に及ぶ手術を受けたが、銃弾が心臓を直撃しており、大量の出血が原因で死去された。67歳だった。
安倍氏の死亡報道は日本だけではなく、世界に大きな驚きを与えた。英国エリザベス女王から弔辞が送られ、グテーレス国連事務総長、バンデン米大統領、マクロン仏大統領、ジョンソン英首相など欧米首脳陣から次々と弔意や弔電が報じられ、ブラジルでは安倍氏の死を受け、3日間の服喪が宣言されたという。安倍氏が生前、世界の指導者に如何に大きな影響を与えてきたかを改めて理解できた。日本国民にとって国を代表する政治家であった安倍氏を突然、失ってしまった。
当方は8日午前5時過ぎ(ウィーン時間)、安倍氏が選挙演説中に銃撃され、重傷を負ったというニュースを聞いた。その後、オーストリア国営放送、ドイツ民間放送ニュース専門チャンネル、BBC、CNNを観ながら、状況の進展を追った。
安倍氏の銃撃事件報道では、BBCがもっとも詳細であり、政治家、専門家、ジャーナリストたちにインタビューしながら長時間報じていた。地元のジョンソン首相辞任とその後継者問題は2番目扱いだった。CNNも詳細に報じていた。安倍氏が首相時代、トランプ前大統領と友好な関係だったと報じ、安倍氏には好意的な内容を多く報じていた。安倍氏の功績としてはアベノミクスより、安保、国防分野を指摘し、日本の真の独立と回復のために努力した政治家という印象を伝えていた。
CNNで印象に残った情報は、「祖父・岸信介元首相、父親・安倍晋太郎元外相の安倍氏は生まれた時から日本の政治をリードしてきた親族に囲まれて成長した。だから、安倍氏のDNAには国の進路、安全問題を重要視する血が流れていた」と述べ、安倍氏の政治的バックボーンを説明した部分だ。
欧米メディアは、安倍氏が首相だった時、「過激な民族主義者」「危険な政治家」といったレッテルを貼って報じることが多かった。そのメディアが安倍氏の死に際して、生きている時は忘れていた「礼」を持ち出し、過去の功績を称え出しているのだ。もちろん、「死者への礼儀」もあるが、その豹変には少々驚かざるを得ない。
日本では、安倍氏の行く先々で「安倍退陣しろ」、「軍拡主義者安倍」といった批判の声が聞かれた。左翼勢力やメディアは憲法改正を主張する安倍氏を敵視していた。ウィーンでも日本から来た活動家が安倍氏を批判するパンフレットを配っているのを目撃した。左翼活動家、知識人にとって安倍氏は最大の政治的敵と受け取られていた。そして朝日新聞など左翼的メディアはそれを巧みに煽ってきたのだ。
その安倍氏が亡くなった。左翼メディアは安倍氏を批判する論調を抑えているが、それは「死者への礼儀」だけが理由ではないだろう。安倍氏が主張してきた安保政策、国防政策が正しかったことが明らかになってきたからだ。
ロシア軍がウクライナに侵攻し、砲撃を繰り返し、多くの民間人も犠牲となっている。そのシーンをテレビなどで見れば、中国共産党政権が台湾海峡に侵攻する日が近いのではないか、核開発を進める北朝鮮が朝鮮半島の武力統一に向かった時どうすればいいのか、といった日本を囲む国際情勢がここにきて緊迫の度を高めてくる。平和憲法を維持すれば、日本は安全といった時代は過ぎたことを多くの日本人は肌で感じだしている時だ。
安倍氏は生前、日本を取り巻く国際情勢を憂慮し、日本の安全・国防の強化を主張してきた。左翼勢力、メディアはその安倍氏を「過激な民族主義者」「日本国民を再び戦場に送る」といって罵声を浴びせてきた。幸い、ウクライナ危機は安倍氏の危機感が非常に現実的なものであることを明確にした。ロシア軍の攻撃を受けるウクライナ国民の姿は明日の日本国民の姿かもしれないのだ。
ウクライナ戦争は長期化の様相を深め、世界は食料、エネルギー危機に悩まされている。文字通り、世界は大きな試練に直面している。この時、安倍氏が銃撃で倒れてしまった。安倍氏は戦後最長の政権を維持したが、宿願だった憲法改正を成就できずに亡くなられた。安倍氏にとっては無念だろう。日本国民は国の進路を提示してきた政治家を失った。
安倍氏の冥福を祈る。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2022年7月10日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。