金子熊夫(外交評論家、元外交官)
安倍晋三元総理が不慮の死を遂げてから早くも10日経ちました。秋には国葬が挙行されることが閣議決定されており、小生は個人的には大賛成ですが、一部の野党や政治家などから異議が出ているようです。
確かに政治家の業績の評価は微妙で、棺を蓋うてからも中々定まらないものです。実力政治家ほど毀誉褒貶は多いようで、例えば、祖父の岸元首相もそうでした。現在では、岸元総理の日米安保改正と日米同盟強化に果たした功績は、専門の国際政治学者の間で高く評価されていますが、当時は悪評が圧倒的で、まさに石もて追われる感じでの退陣でした。
安倍元総理の場合も、「モリカケ」や「さくら」で執拗に叩かれましたが、生前自ら意図した最大の政治目的は、憲法改正や拉致問題を別とすれば、日露平和条約締結と北方領土問題の解決だったはずで、それが(プーチンに最後に打っちゃられるような形で)不首尾に終わったことは、彼にとって痛恨の極みであり、さぞかし無念だったでしょう。
しかし、安倍元総理の業績は、それ以外にも多数あり、それらの多くは「レガシー」として今後燦然と輝いていくであろうと小生は見ています。とりわけ、現行憲法の枠内ギリギリのところで「安保法制」を整備し、日米同盟関係を強化したことは彼の最大の功績だったと思います。
以下は、憲政史上最長の通算3188日(約8年半)に及ぶ安倍政権の内政上、外交上の業績と思われるものを年代順に羅列したものです。必ずしも厳密に吟味したものではなく、いわば独断と偏見でまとめたものであり、疑義や異論がある方もいるかと思いますが、ご参考まで。(なお、このリストは情報サイトQuoraに載っていたものを小生なりに手直ししたものです。)
第一次安倍内閣
<教育基本法の改正と国旗国歌法の制定>
左翼の巣窟だった日教組の教員達が子供達に日本を嫌いにさせる教育を行っていたことに対して痛烈な一矢。これにより、日教組や日本を嫌いな人達が反安倍に回る。
<北朝鮮に対し国連の対北制裁決議を促し、日本個別としても厳しい経済制裁措置を実施>
拉致問題解決に向けた最も有効な手段を実現。この結果、現在北朝鮮では軍人達にさえ食料が行き渡らないまでに追い詰められている。
<防衛庁を防衛省へと昇格>
国の防衛を担当する行政機関が「省」ではなく「庁」と位置づけられている国は無く、諸外国との会議や協議においても、相手国の「防衛大臣」に対して「防衛庁長官」では格下であり、同等ではないという矛盾を解消。安倍は戦争を望んでいると、左翼どもが騒ぎはじめる。
<韓国からの無茶振りに明確にNOを示す>
歴代総理がうやむやにし、無駄に謝ったり、金を出したりしてきたことに反し、「日本が慰安婦として強制連行を行った証拠は無い」と閣議決定を行い、その上で韓国からのいちゃもんを跳ね返す。後に米国を立会人として日韓合意を行う。このため、韓国を擁護し、日本悪者説を唱える左翼マスコミや学者達が一斉に反発。
第二次安倍政権
<アベノミクス>
長く続くデフレ経済を克服するためインフレターゲットを設定した上で、異次元の大胆な金融緩和措置を行い、「三本の矢」による経済対策を打ち出し、実行。これにより、失業率は減り、正規雇用社員が大幅に拡大した。そして、株価も回復。戦後2番目と言われる好景気を招く。
<オリンピック招致>
2020夏季オリンピック東京招致委員会の最高顧問に就任。コロナ禍のなか、東京開催に大きく寄与した。(実際の開催は菅政権になってから)
<日米外交>
歴史上、アメリカと最も友好な関係を築いた。日本にとって唯一の同盟国であり、民主党(鳩山、菅)政権によって最悪な関係となっていた日米関係を強化したことは明らか。更には、中国に全く関心を持っていなかったトランプ大統領に対し、中国の危険性・脅威を認識させることに成功し、アメリカの対中制裁に繋げる。
<インド太平洋構想の発案>
この構想が後にQUADとして実現。仲の悪かったアメリカとインドの手を結ばせることにもなった。
<国家安全保障会議(NSC)の設立>
諸外国では当たり前に存在する外交問題や安全保障政策に関する審議や立案、調整、武力行使の是非決定などを行う機関を設立し、日本を当たり前の国に一歩近づけた。
<防衛装備移転三原則>
武器輸出三原則として、無駄に制限されていた武器の輸出入を基本的に認めるようになった。
<共謀罪法案>
国際社会と同等の犯罪組織に対する措置を制定したが、犯罪者にされると自覚しているスパイや工作員達が大騒ぎする。
<特定秘密保護法>
同盟国であるアメリカや西側諸国との秘密情報を取り扱う上で、不可欠な法律。しかし、これも制定されたら困る人達(これもスパイか工作員)が大反対を唱えた。
<平和安全法制>
元々「安保法制」と称していたもので、在外邦人の保護や米軍等の部隊の武器保護のための武器使用、米軍に対する物品役務の提供、「重要影響事態」への対処等、自衛隊の役割を拡大するための法整備。
ところが、”戦争法案”だ!として左翼系のマスコミや野党が大反対。その結果、国会審議の過程で修正(改悪)が重ねられたために法案は一部ねじ曲げられ、例えばアフガニスタンへ邦人救出に向かった自衛隊機が飛行場から出ることができないようなことが起こった。
しかし、振り返って、この安保法制整備こそ、おそらく安倍政権の最大の政治的業績であり、日米同盟関係を一段と強化したという点で最も高く評価されるべきもの。この延長線上で、憲法9条の改正を考えていたはずであるが、惜しくも志半ばで非業の死を遂げてしまったわけである。
思うに、安倍元総理の評価が世界で一番低いのは日本だったということではないだろうか(韓国や中国には安倍氏の死を喜ぶ傾向があるようだが、それは別問題)。