凶弾に倒れた安倍元首相の外交についての評価は高く、世界259カ国・地域から弔辞が届いたが、経済政策の評価はそれほどでもない。ラリー・サマーズ(ハーバード大学教授)のように「アベノミクスは任務完了したわけではない」というのが、多くのエコノミストの評価だろう。
「デフレ脱却」のために安倍氏の選んだ政策は金融政策だったが、残念ながらそれは成功しなかった。インフレ目標2%は、彼の死の直前に資源インフレで達成されたが、その成功を祝う人はいない。アベノミクスはなぜ失敗したのだろうか。
アベノミクスの効果は「偽薬効果」
第2次安倍内閣が2012年12月に誕生したとき、株価は大きく上がり、年末の日経平均株価は前年に比べて20%も上がった。これは奇妙な話である。安倍内閣が成立したのは12月26日で、仕事始めは2013年初めだったので、何もしないときに株価が上がったのだ。
これは市場が「自民党政権ならアンチビジネスの民主党政権より景気がよくなるだろう」と予想した偽薬効果だった。その期待にこたえて4月に就任した日銀の黒田総裁は「2年でマネタリーベースを2倍にしてインフレ目標2%を実現する」と宣言したが、それは実現しなかった。
その後も安倍政権は消費税の増税を延期したり、コロナ対策で70兆円の給付金を出したりしたが、成長率は上がらなかった。年収は、イタリアと並んでG7(先進7カ国)で最下位のままである。
それでも株価が上がった最大の原因は円安である。黒田総裁が就任したとき1ドル=90円前後だった円は、それから1年で120円台になり、経常収支の黒字は、GDPの1%から4%に増えた。おかげで(日経平均に入っている)グローバル企業の収益は上がった。
人々が景気を実感するのは、わかりにくい国民所得統計ではなく、毎日ニュースで報じられる株価である。この意味で株価に焦点を合わせたアベノミクスの偽薬効果は大きかったが、実質賃金は下がり、経済の実態とのギャップは拡大した。