コレジー・ドランジュ:古代劇場で楽しむ夏の音楽祭

加納 雪乃

クラシック音楽愛好家にとって、夏はとても楽しい季節。ジャズやポップ同様、”フェス”、つまり音楽祭が世界各地で数多く開催されるのだ。

世界的に有名なクラシック音楽祭といえば、オーストリアのザルツブルグとドイツのバイロイトが双璧だろうか。ボストンのタングルウッドやロンドンのBBCプロムスなどもクラシック界を代表する音楽祭だ。そしてフランスでは、南東部プロヴァンス地方のオランジュに、夏の数週間、クラシック音楽ファンが押し寄せる。

オランジュの街並み。町外れには、古代ローマの凱旋門も残る。

14世紀にローマ教皇庁が置かれたこともあるこの地方きっての観光地アヴィニヨンから、北へ車で20分ほどのところにあるオランジュ。古代ローマ人が建設した歴史ある古都だ。街のシンボルは、ローマ人が建設した劇場。その保存状態のよさは世界屈指で、世界遺産にもなっている。この劇場が、オランジュの音楽祭、“コレジー・ドランジュ”の舞台だ。

”コレジー・ドランジュ”の舞台は1世紀に建造された劇場。保存状態がよく、アコースティックも素晴らしい。
©️ Philippe Cosmes

19世紀後半に起源を持つ、由緒ある音楽祭”コレジー・ドランジュ”。ここで、パヴァロッティやカウフマンが歌い、メータやバレンボイム、プレートルが振り、毎夏、夜毎8000人を超える観客を、感動と興奮に包んできた。

毎年、約ひと月に渡って、オーケストラ、リサイタル、バレエ、そしてオペラがプログラムされる音楽祭。2022年は、7月7日、チョン・ミョン=フン指揮フランス放送フィルハーモニーオーケストラによる演奏会で幕を開け、続く8日は、今シーズンきっての注目演目、ジャコモ・サグリパンティ指揮フランス放送フィルハーモニーオーケストラ、ドニゼッティ「愛の妙薬」が上演された。

観客席は固い石造りなので、クッションが必携。

アドリアーノ・シニヴィアによる演出は、ドニゼッティのかわいらしい恋愛物語を、小人の世界で表現したもの。古代劇場の広大な壁面を、プロジェクションマッピングを使い人間の家屋の壁に見立て、舞台には、巨大な麦穂やひなげし、トラクターのタイヤなどを配置して、家屋の前に広がる畑のイメージ。その畑を舞台に、小人たちに扮した歌手たちが歌うという、ファンタジー溢れるもの。古代劇場のプリミティフな雰囲気の魅力を存分に活かした、魅力的な舞台空間の誕生だ。

劇場の壁を人間の家に見立て、舞台に小人の国を作り出した。
©️ c-gromelle

アディーナのプリティ・イェンデとネモリーノのフランチェスコ・デムーロは、かわいらしい小人の国のお伽噺的の雰囲気にぴったりのチャーイングな歌声。ドゥルカマーラ博士のアーウィン・シュロットは、声はもちろん印象的な演技力で、舞台に大きな魅力を加えた。

左からFrancesco Demuro(ネモリーノ)、Pretty Yende(アディーナ)、Andrzej Filonczyk(ベルコーレ)
©️ c-gromelle

この地方特有の北風ミストラルに時折悩ませられながらも、オーケストラも歌手も大熱演。幻想的でかわいらしいお伽噺の世界観に満ちた「愛の妙薬」に、観客はもちろんメディアも惜しみない賞賛を送った。

開演は、まだ青空が広がる21時半。空の色が青からオレンジ、そして紺から黒へと変わっていくのを感じ、2000年前のローマ文化を追憶しながらの観劇は、唯一無二の音楽体験だ。

21時過ぎ、人々が次々と古代劇場へ向かう。

オランジュの周囲には、アヴィヨンやアルル、ニームといった世界遺産観光地、シャトーヌフ・ド・パープやジゴンダスなどのワイン名産地も広がる。この地方に1週間ほど滞在しながら”コレジー・ドランジュ”を満喫する夏の旅行はいかがだろう?