サッカー行動経済学①:FIFAのW杯48チーム拡大を斬る!

シリーズ、サッカーで学ぶ実用心理学

サッカーは人類最大のスポーツ文化と言っても過言ではありません。

敵味方入り混じってボールを足で扱いゴールに流し込む…、非常にシンプルなルールです。このシンプルさがプレーの多様性という魅力を生んでいます。

さらに、ボール1つと空間さえあれば誰でも楽しめるという門戸の広さ。貧富の格差を帳消しにするロマン…。これが興味を持つ人口を激増させてきました。

すでに競技の枠にとどまらず、ビジネス、都市創造、異文化交流…などなど、現代における人類のアクティビティの各所で数限りないドラマを生み出しています。今も、どこかで、サッカーを巡るドラマが展開されていることでしょう。

サッカーはまさに「人類最大の発明」の一つです。この記事は、そんなサッカーを通して実用的な心理学(≓行動経済学)を解説するシリーズです。

サッカー好きな脳心理科学者が、サッカー好きな方、起業副業に興味がある方、仕事や趣味で心理学を使いこなしたい方に向けて心理学的に解説します。

一般のスポーツニュースでは読み解けないサッカーというドラマの深層を楽しんでいただけたら嬉しいです。

熱い戦いに「水を差す」W杯の新レギュレーション?

さて、世界サッカー連盟(FIFA)主催のサッカーW杯、もちろんご存知ですよね。

テレビ朝日はアジア大陸予選から「絶対に負けられない戦いが、ここにはある!」と、昭和の名キャスター古舘伊知郎氏の伝説のプロレス中継さながらのアオリを入れますよね。「大げさだな…」と感じた方もおいでかもしれません。

ただ捉え方次第では、このアオリは大げさではありません。予選の勝敗をきっかけに国同士の戦争に発展したことも…。W杯の出場を巡っては、熱い、熱い、本当に熱い戦いが世界中で繰り広げられているのです。

そんな中、「熱い戦い」に水を指すような出来事がありました。FIFAは2026年ワールドカップから出場チーム数を32から48に拡大するなどの新たなレギュレーションを発表したのです。48チームというとFIFA加盟団体の約4分の1の代表チームが出場できる計算です。

何かが変われば立場の違いによって様々な賛否両論が巻き起こるのは世の常ですが、目立つところでは競技レベルの低下を懸念する否定的なリアクションが多いようです。例えば、サッカー大国の一つドイツのメディア『クルナー・シュタットアンツァイガー(誌)』は「これはもう、我われのW杯ではない」という論説を展開しています。

アジア枠の拡大は「事件」!?

特にアジア大陸枠の拡大は批判的な意見が多いです。日本も参加するアジア大陸予選の出場枠は、これまで4.5だったのが8.5となりました。アジアから最大9カ国も参加できるのです。

一見、アジアの大快挙のようにも見えます。アジアの国々は歓迎するべき…とシンプルに思って良いのでしょうか?

少なくとも日本ではファンにも有識者にも、そして選手にもそうは思わない方が多いようです。

《2026年サッカーW杯》アジア出場4枠拡大は日本代表にも影響か、透けて見えるFIFAのビジネス的な思惑 | 週刊女性PRIME
アジアサッカー連盟が、26年に開催れされるアメリカ・カナダ・メキシコの北中米3か国で行われるサッカーワールドカップの予選方式を発表。日本が参加するアジアでは最大で9か国の出場が可能となったが、サッカーファンからは賛否の声が上がっている。

この記事のように「大会の価値を下げる」という厳しい意見もあります。

なぜ2026年W杯でアジア大陸出場枠が「4.5」から「8.5」に拡大するのか…日本のメリットと是非論(Yahoo!ニュース オリジナル THE PAGE)
 アジアサッカー連盟(AFC)は1日、アメリカ、カナダ、メキシコの北中米3ヵ国で共同開催される2026年の第23回ワールドカップで、アジア大陸枠が従来の「4.5」から「8.5」へ大幅に増えると正式に

実際、アジアサッカーの発展や実績が評価されての増枠でないことは明らかです。

FIFAは中国のチャイナマネー、中東のオイルマネー、さらに人口増と経済発展が著しい将来のインド市場をも狙ったアクションであることを隠していません。例えばこの記事にあるように、「サッカーの裾野を広げる」という名の商業主義で動いているようです。

では、実際のところ、アジアから最大9カ国出場するということはどういうことなのでしょうか?現在(2022年8月)の状況から推測してみましょう。

今、FIFAランキングでアジア9位あたりに位置するチームは、世界ランクでは80位前後のチームです。世界ランク下位チームは世界ランク上位チームとの対戦は滅多にないのですが、現アジア9位あたりのチームと比較的上位チームとの対戦としては2018年に行われた現アジア4位(世界39位)のオーストラリアとの国際親善試合があります。

この試合では0-5と、サッカーとしては「惨敗」と言える結果でした。仮にW杯に出場して世界のTOP20などと対戦したら…。アジア9位あたりのチームには申し訳ないのですが、もっと点差が開く試合になるかもしれません。

あくまでの今のところのデータに基づいた推測に過ぎません。しかし、データから考える限り出場チーム拡大によって痺れるような名ゲームが増える要素は見つけにくいと言えるでしょう。

果たして、新レギュレーションは成功するのか?

このようにFIFAのW杯出場チームの拡大案は発表当初から何かとケチがついています。果たして多くのメディアが言うように「大会の価値を下げて」ファンからそっぽを向かれて失敗してしまうのか、FIFAの目論見通り「裾野の拡大」で成功するのか、どうなるのでしょうか…?

そして、サッカーを楽しみたい「サッカー好き」な私たちはこの2026年の拡大W杯をどのように楽しめるのでしょうか?

そこで、ここでは心理マーケティングの鉄則の一つ「AIDAの法則」でこの決定の良し悪しを3回に分けて考えてみましょう。

AIDAの法則とは?

まず「AIDAの法則って何?」という疑問にお答えしましょう。マーケティングをお仕事にしていない方には、そんなによく知られている法則ではないかもしれません。

この法則は、人の経済的希求活動(何かを買い求めるAction)に到るまでに、必要な要素やプロセスを表したものです。

まず、

  1. モノやサービスへの注目(Attention)があり、
  2. それに興味(Interest)を持ち、
  3. 興味が渇望(Desire)へと変わり、
  4. はじめてActionに結びつく

…という法則です。

ダイエットで有名なRIZAPなら、

  1. 太ってしまった著名人を起用(Attention)
  2. たった2ヶ月で(マイナス〇〇キロ)!のコピー(Interest)
  3. 美容up、健康維持、感動体験への渇望を刺激(Desire)
  4. 入会への一連の行動(Action)

とビジネスモデルの仕組みを解き明かせるわけです。

逆に言えば、何らかのビジネスモデルを組み立てる場合もこの仕組が成立するように組み立てれば良いのです。起業に興味がある方は、絶対に忘れないでくださいね。

FIFAのW杯48チーム問題!AIDAの法則で浮かび上がるのは「D」!

さて、AIDAの法則をご理解いただけたら、今回の「W杯48チーム拡大問題」の「核」とも言える部分がもうお分かりになったことでしょう。

それは「D」、「Desire」です。

すでに世界的な大イベントであるサッカーW杯は「Attention」と「Interest」が確立されたスーパーコンテンツです。1930年から始まるサッカーW杯は数々の「伝説」が蓄積され、世代を超えて語り継がれてきています。もはや「文化」です。

文化として定着したコンテンツにおいては、「A」と「I」は放っておいても人々の中で再生産され続けます。したがってビジネスとしてW杯を考える場合、主催者であるFIFAは「A」と「I」を気にする必要がないのです。

したがって、誰の「D」をどのように刺激するか、ここがポイントということになります。

なお、「A」と「I」を気にしなくて良い…とは、これからビジネスを軌道に載せようと頑張っている方にとっては何とも羨ましい限りですよね。「A」と「I」を確立する方法、ご興味の方も多いと思います。いずれ別の記事で詳しくご紹介したいと思います。

FIFAの「D」が、ファンの「D」にならないワケ

FIFAの「Desire」は、すでにみなさんお気づきですよね。国内外のメディアで繰り返し商業主義と指摘されているように、約10億ドル(約1300億円)とも言われる経済規模の拡大が「Desire」になっていると言えるでしょう。

Jetlinerimages/iStock

この「Desire」、ファンには全く歓迎されていません。実はFIFAの歴代要職者は「お金」にまつわる悪いエピソードをいくつも提供しています。

もちろん、お金にクリーンな要職者もいるのですが、目立つ方が目立つところで悪いエピソードを展開してきました。そのため、「FIFAとお金」には世界のサッカーファンは少々呆れ気味なのです。

要するに、経済規模の拡大はFIFAとビジネスチャンスとしてW杯に投資するスポンサー企業には間違いなく魅力的な「Desire」ですが、サッカーを愛するファンには魅力的な「Desire」になる要素は欠片(カケラ)もないのです。お金にまつわる悪いエピソードにガッカリしてきた世界のファンは経済規模の拡大が、自分たちが愛するサッカーの発展に結びつくようには見えないのです。FIFAに共感できないファンが増えることでしょう。

「踊る阿呆に、見る阿呆。同じ阿呆なら…。」という幸せの法則

ですが、このレギュレーションはもう変わりません。世界的に最も熱くなれるイベントに「がっかり」したまま注目するのは残念すぎます。

イベントは楽しんだものが「勝者」なのです。「踊る阿呆に、見る阿呆。同じ阿呆なら、踊らにゃ損、損!」という古い言葉ではありませんが、イベントは楽しく参加しなければ「損」なのです。これは日本人が代々受け継いできた幸せの法則とでも言うべきものです。

サッカーは本来、「誰でも参加できる、楽しめる」のが魅力です。FIFAの行き過ぎた「D」は「がっかり」をもたらしました。ただ、その是正は、然るべき権限のある方々にお任せしましょう。そして、私たちはAIDAの法則で「これまで以上に楽しむ、熱く参加する」ための私たちの「D」を見つけ出そうではありませんか。

実は、日本サッカーの発展の歴史にはそのためのヒントが隠されています。

そこで第2弾、第3弾では、私たちの日本代表の軌跡を参考に、W杯48チームという新レギュレーションが私たちのどのような「D」を刺激し得るのか、心理学でさらに詳しく検討してみたいと思います。

心理学で、みんなでもっとW杯にワクワクできますように!!そして、このシリーズの第2弾、第3弾をお楽しみに!!

杉山 崇(脳心理科学者・神奈川大学教授)
大人の杉山ゼミナール、オンラインサロン「心理マネジメントLab:幸せになれる心の使い方」はでメンバーを募集中です。心理学で世の中の深層を理解したい方、もっと幸せになりたい方、誰かを幸せにしたい方、心理に関わるお仕事をなさる方(公認心理師、キャリアコンサルタント、医師、など)が集って、脳と心、そしてより良い生き方、働き方について語り合っています。