ドイツで高騰しているのはガスだけではなく、電気もどんどん新記録を更新中だ。
2020年、ドイツの卸電力価格の平均値は、1MW時が30.47ユーロで、前年比で7ユーロも下がっていた。ただ、これは、コロナによる電力需要の急落と、再エネによる発電量が初めて50%を超えたことなどが影響したためで、通常の卸電力価格は、大概40〜50ユーロあたりを推移している。
ところが2年後の今年7月、価格は315ユーロ。コロナによる経済の停滞が回復し、すでに値上げの始まっていた21年と比べても4倍だ。しかも、価格の上昇はこれで終わったわけではない。本格的な値上げはこれからだと言われる。
この卸電力の価格が、一般の電気代にどこまで転嫁されるのかは不明だが、リントナー財相(自民党)は、「すべての国民を援助することはできない」と引導を渡し、ハーベック経済・気候保護相(緑の党)は、「一般家庭も自分たちの義務を負担すべき」と高飛車なので、誰も電気代高騰の軛からは逃げられそうにない。問題は、支払えなくなる人が、いったいどれだけ生じるかだ。
ドイツの一般家庭の電気料金は、ほとんどの電力会社が、前年の実績を参考にし、それを12等分した金額を毎月徴収し、1年経った時点で、実際に使われた分とのプラスマイナスを精算するというシステムを採っている。つまり、結婚や子供の誕生などで、時に、かなりの追加料金を支払わなければならない年というのはありうるが、しかし、次回の精算額はその比ではないはずだ。
もし、何十万もの貧しい家庭が、電気代を支払えなくなれば、それは、即、社会の不安定化につながる。そこで現在、まずはそういう人たちの救済が政治の最優先課題として認識されているわけだが、状況が流動的な上、あまりに裾野が広く、効果的、かつ実行可能な救済方法がなかなか定まらない状態だ。
電気料金高騰だけではなく、電力逼迫も
しかも電気は高騰だけでなく、逼迫もしている。政府でエネルギー問題を仕切っている緑の党は、ドイツの抱える問題は熱不足(=ガス不足)であり、電気不足ではないと言っているが、これは真っ赤な嘘だ。
電気はすでに去年、つまり戦争の始まる前から、厳冬期のブラックアウトが危惧されていた。ちなみに今年6月には、ハーベック氏自身が、電力供給の安定のため、当面、発電には不足しているガスではなく、石炭・褐炭火力を使うと宣言している。褐炭は格安で、国内に捨てるほどあるから、CO2のことを無視すれば、一番使い勝手の良い燃料だ。
ところが、悪い時に悪いことは重なるもので、石炭の内陸輸送は、ほぼ全面的に水上輸送だというのに、現在、主要な輸送路であるライン川が水不足でほとんど通行できず、供給に大きな支障が生じている。慌てて鉄道に切り替えているというが、ドイツの鉄道は元々あまりうまく機能していない。旅客輸送にまで影響が及ぶことが懸念されている。
水不足はフランスも同じで、川の水温が上がりすぎて、原発の冷却水として使えず、出力が落ちている。そうでなくても老朽化で止まっている原発も多く、フランスでは現在、原発は半分しか稼働していない。しかも、老朽原発のほとんどは廃炉になる運命なので、フランスは現在、深刻な電力不足だ。
フランスとドイツは、これまで毎日欠かさず、活発に電気の取引を行っていた。余った再エネ電気を売り、足りない時間帯には原発電気を買っていたドイツだが、将来はそれが難しくなる。フランスは、ゆくゆくは計14基の原発を新設、あるいはリプレースするというが、問題はそれまでの電気だ。ドイツもフランスも、秋には電力不足がさらに深刻になるだろう。
政府説明と矛盾する現状
ただ、ここからが不思議な話。今年の5月、ドイツは貴重なガスを燃やして、40億kWhという膨大な発電量を達成したという(8月10日付Die Zeitオンライン版)。ガスによる5月の発電量としては新記録だそうだ。国民に向かって節ガスをアピールしているご時世になぜ? 回答は、「電力不足のフランスに輸出した」。そして、その翌6月、ハーベック氏は、貴重なガスを発電に使うわけにはいかないとして、石炭・褐炭火力の再稼働を宣言したのだった。
つまり、それ以後は全開で石炭・褐炭が炊き増しされていると、皆が思っていたが、実は、再稼働したのは褐炭火力1基のみだという(8月14日付die Weltオンライン版)。緑の党が石炭・褐炭火力の再稼働に付けているハードルが高すぎて、電力会社が踏み切れないと聞く。大慌てで立ち上げても、また、すぐに止めさせられたり、あるいは、環境団体の槍玉に上がったりでは割に合わないということだろう。
そんなわけで、ドイツでは今でも大量のガスが発電に使われており、しかも、できた電気のほとんどがイタリアとフランスに輸出されている。節ガスのため、止むを得ず石炭と褐炭を燃やすという政府の説明とは、あまり話が符合しない。もちろん、これは、電力不足に悩む近隣諸国との連帯の一環かもしれないが。
バカバカしい「脱原発」原理主義
この電気の輸出の裏で、誰がどのように儲けているのかはさておいて、一つだけ確かなのは、これによって緑の党が必死で守っているのは、実は2022年、つまり今年完成するはずの「脱原発」だということ。電気は足りているという詭弁で、ハーベック氏は今年の暮れに、原発を全て止めるつもりだ。
そもそも、このエネルギー危機の真っ最中に原発を全部止めるなど、常識で考えればありえないが、50年来の脱原発理念で頭が凝り固まっている緑の党の政治家たちにとってみれば、あり得る。しかも今、奇しくも自分たちが政権与党にいる間に、それが完遂するというまたとない幸運が巡ってきている。この夢は絶対に捨てられない。国民が窮乏しようが、経済が停滞しようが、CO2が増えようが、とりあえず無視というのが彼らの本音だ。彼らはおそらく気づいているのだ。今、「脱原発」を延期すれば、将来、ほぼ永久的に「脱原発」のチャンスが失われることを。だから余計に頑なになる。
ただ、国民世論はエネルギー高騰の中、急速に動き始めた。次期の請求書に怯え、しかも政府から、「手は冷たい水で洗え」とか、「シャワーは5分で」などと追い詰められている国民だ。ガスの暖房が切れるかもしれないと言われ、ここ1ヶ月、皆が大挙して電気の暖房具を買いに走ったが、今になって連邦ネットワーク庁が、皆が電気ヒーターを使えば、間違いなく大停電が起こると警告を発した。
国民はまもなくバカバカしくてやっていられなくなるだろう。8月初旬のアンケートでは、8割の国民が原発稼働延長に賛成している。
これまで半世紀、反原発で一致団結していたドイツ国民だが、そのフロントは俄に崩れ始めている。方向転換を迫られる緑の党の柔軟性が注目されるところである。