やっと終わるかタイの独裁政治

権力の座に取り憑かれたプラユット首相

筆者は2014年5月22日に起こったクーデターのことを今でも覚えている。当時のインラック政権に対するス・テープ率いる反政府運動が長引きかつ過激になった結果、タイ社会は著しく混乱した。そして、それを機に当時の陸軍大将、今のプラユット首相がクーデターを起こして政権を掌握したのである。

当時、プラユット首相はこれは事態が落ち着くまでの暫定政権であり、然るべき時期に民主主義に基づき選ばれた政府に政権を返還するという声明を出し、国民の多くも長期間にわたる政治的ごたごたにうんざりしていたことから、むしろ軍部のクーデターによる鎮圧を支持し、やっと世の中は落ち着いたかに見えたのである。

しかし、権力の座というものは魔物である。当初は殊勝にも国民の声に耳を傾け、国民に寄り添った民主的政権運用を行うと約束していたプラユット首相であるが、時間の経過とともにやがて独裁者に変貌していった。

そして、2017年の新憲法制定を経て、これまで8年もの間、合法的に首相の座に座り続けることになったのである。

プラユット・チャンオチャ タイ首相 同首相Fbより intriceight/iStock

国際社会で民主主義国家と見なされていないタイ

プラユット首相が地方のウドンタニーに視察に行った際、屋台でヌードルを売って生計を立てている地元の女性から「(国を)発展させることができないのなら、早く辞任して他の人に替わらせてやって欲しい」との発言があった。それは率直でストレートではあったものの、決して失礼ないい方ではなかった。
しかし、それに怒ったプラユット首相は「何だと?自分が首相になってから、国をどれだけよくしたか帰ってよく調べてみろ」と答えたのである。

これは昨年末に現地の新聞カーウソッドに載った逸話であるが、こんなところにもプラユット首相の傲慢ぶりが垣間見える。もし、日本の総理大臣が国民の率直な意見に対してこんな暴言を吐けば、それこそ国民からの非難で大炎上することは間違いない。

また、2021年12月にバイデン政権が開催した民主主義サミットでは、ロシアや中国だけでなくタイも仲間外れにされた。これは現政権が軍事政権であり民主的とはいえない選挙で選ばれたことや、民主主義を求めるデモに対する警察権力を使った強引な鎮圧が理由といわれている。

首相の任期満了日を巡る醜い論争

さて、タイの憲法によれば首相の任期は8年を超えることができない。従って、2014年のクーデター後に首相の座に就いたプラユット首相の任期満了は、本来今月の23日にやってくる。

ところが、現政権側は、2017年に制定された新憲法によれば期間満了日は8月23日ではないと主張し始め、結局その判断は憲法裁判所に委ねるというおかしなことになったのである。

実際には、法律的に8月23日を含め3つの任期満了日があると解釈できるようであるが、筆者は法律家ではないのでこれについては書かない。しかし、この中で最も遅い任期満了日が2027年の6月8日ということであり、場合によってはあと5年近くも現政権が続く可能性が出てきたのである。

しかし、本来の憲法の意図は、政権腐敗などといった問題を防ぐために首相の任期は8年を超えてはならないと規定しているのであり、新憲法の解釈がどうのこうのと、さらに政権維持をしようとすること自体が本末転倒なように筆者には思える。

民主主義の皮をかぶった独裁主義

数日前、現地新聞のバンコクポストに「Good leaders always know when to quit」というコラム記事が載った。その内容は、本当のリーダー達は自分の引き際を知っているのにプラユット首相はそうではない、とその往生際の悪さを非難しているのだが、これには筆者もまったく同感である。

以前、プラユット首相は自分の人気がないという世論調査の結果に対し「そんなのはただの世論に過ぎない」と国民軽視ともいえる発言をしたことがある。そして、先日の世論調査によると、実に64.25%が8月で首相は退任するべきと答えているにもかかわらず、首相はこの期に及んでも自分が退くべき時期が来ているのを認めようとしていないように思える。

アメリカの歴代大統領は2期8年までと定められた任期に従ってきたし、安倍元首相もこの辺が引き際と思ったのか、やはり8年ほどで自ら首相の座を退いた。これに対し、中国の独裁者である習近平国家主席は、2期10年までという任期を強引に撤廃し、2023年以降も権力の座に居座ろうとしている。

同様にプラユット首相も、いつ退陣するかは憲法裁判所の判断に従うとはいっているものの、あわよくば2027年まで続投しようとしているわけである。

こんなところからも、筆者には今のタイは表向きだけ民主主義の皮をかぶった独裁主義国家のように思えてしまうのであるが、結局、プラユット首相の任期満了日については、9人の判事で構成される憲法裁判で決定することとなった。

その結果については予断を許さないものの、筆者としては8月をもって現政権が退陣し、公正な選挙で選ばれた新政権が樹立されて、タイが世界から認められる民主主義国家としてまた戻ってくることを期待したい。