お前だって論証

藤原かずえ講座

お前だって論証

Tu quoque / You also

論敵の言説に対し、ダブル・スタンダードと認定して否定する

<説明>

「お前だって論証」とは、論敵の【ダブル・スタンダード double standard】を根拠に論敵の言説を否定する【論点相違】の誤謬です。言説の真偽は、言説の論者の判断には影響を受けません。つまり、言説の論者が現在どう判断していようが過去にどう判断していようが、言説の真偽とは無関係なのです。

一方、公正な社会を運営する上での別の問題として、論者の「ダブル・スタンダード」については追求するに値します。これを許容すれば、社会はいくらでも不公正になるからです。

誤謬の形式

<形式1>
論者Aが言説Sを真であると主張する。
論者Bは過去に論者Aは言説Sを偽と主張していたと指摘し、言説Sは偽と主張する。

<形式2>
論者Aが行動Cを悪であると主張する。
論者Bは過去に論者Aは行動Cを行っていたと指摘し、行動Cは悪ではないと主張する。

<例>

<例1>
A:日本は安全な国だ。
B:あなたは間違っている。あなた自身が日本は危険と言ってた。

<例2>
A:信号無視をするな。
B:お前だってさっき信号無視をしてたじゃないか。

日本が安全かどうかは個人の判断とは無関係です。また、信号無視は道路交通法違反です。日本国民は信号を遵守する必要があります。

<事例1>自民党だって

<事例1a>衆・本会議 2010/05/13

小泉進次郎議員(自民党):ただいま議題となりました田中けいしゅう内閣委員長解任決議案について、賛成の立場で討論をいたします。冒頭、村上議員に申し上げます。きのうの内閣委員会で暴力行為があったということですが、きのう、暴力行為は一切ありませんでした。あったのは、民主党の強行採決であります。田中委員長、同じ神奈川県選出の大先輩にこのような形で向き合うこと、大変残念でなりません。きのうの委員会採決に至るまで、それ以前の田中委員長の委員会運営は、その豊富な経験に基づき、与野党の意見をしんしゃくしながら、公正な運営を行う努力をされていたように思います。しかしながら、委員長の今までの努力に対し、私は委員長の解任賛成討論でお返しをせざるを得ません。その責任は、民主党の一方的、強権的な国会運営にあり、それに対する委員長自身の抑止力の欠如であります。昨年の総選挙、民主党は四文字で日本政治の新たな一ページを開きました。「政権交代」。きのうの内閣委員会、民主党は別の四文字で超党派による公務員制度改革の可能性をつぶしたんです。その四文字が「強行採決」であります。都合が悪いことを言われると、お決まりのように飛び出す決まり文句、それは、自民党だってやっただろう。自民党がやったあしき前例は踏襲しない、自民党にはできなかったことをやるのが政権交代の意義なんじゃないですか。それとも、政権についてから、学べば学ぶにつけて、強行採決が必要だと思ったんですか。

民主党政権時の内閣委員会における与党の民主党の強行採決に反対するため、プラカードをもって対峙した自民党でしたが、その際に一部体がもみ合う状態となり、その結果として三宅雪子議員(民主党)が転倒し、松葉杖と車椅子が必要な怪我を負いました。これが暴力であったか、暴力でなかったかは、当時の私が書いた検証記事をご覧いただくと、その状況がわかるかと思います[検証記事1] [検証記事2]

この強行採決をめぐり、自民党は田中慶秋委員長(民主党)の解任決議案を提出し、村上史好議員(民主党)が解任に反対する立場で、小泉進次郎議員が賛成する立場で演説を行いました。そのうち小泉議員は、当時の民主党政権が繰り返した「自民党だってやっただろう」という弁解(加害は認めるが責任は認めない)に対して異議を唱えています。

この民主党の弁解は「お前だって論証」です。もしもいわゆる強行採決が必要と考えるのであれば、民主党はその根拠を述べるのが妥当です。いわゆる強行採決は否定されるべきものではありません。

注目に値するのは、小泉議員が自民党の非を認めていることです。自分の主張が根拠のない「ダブル・スタンダード」になる場合、このように自分の非を認めることが必要です。

ちなみに、民主党政権はいわゆる「強行採決」を頻繁に行いました。そのペースは、「国民の意見に耳を耳を傾けずに民主主義を破壊した驕る長期独裁政権」と野党から罵り続けられてきた安倍政権の2倍のペースでした(産経新聞記事)。民主主義の原則は「多数決の原則と少数意見の尊重」と言われますが、その意味で安倍政権は権力の行使に慎重な政権であったと言えます。

<事例1b>衆・財務金融委員会 2012/03/07

竹下亘議員(自民党):私は、たしか菅(直人)財務大臣だったときだと思いますが、こんなに大らかに借金をしてどうするんですか、自民党のときでさえ、多いか少ないかはともかく、三十兆という天井を設けて、国債の発行は三十兆ということでやってきた、突然四十四兆、これはひどいじゃないですかという話をしたら、当時の菅財務大臣が答えたのは、自民党だってやったじゃないか、麻生内閣で補正を組んで、十四兆を積んで四十四兆をやったじゃないか、だから四十四兆だと。ああ、この人と話してもしようがないなと。要するに、補正で発行する借金と本予算で出す借金の質の違いすらわかっていない。この人と話してもしようがないなと非常に白けたことを今思い起こしております。

これも民主党による「お前だって論証」です。竹下議員は、この「お前だって論証」に根拠を持って反論し、自分の主張が「ダブル・スタンダード」ではないことを主張しています。

<事例1c>衆・予算委員会 2017/01/24

蓮舫議員(民主党):総理は演説の中でこんなことを言われました。「ただ批判に明け暮れたり、言論の府である国会の中でプラカードを掲げても何も生まれません。意見の違いはあっても、真摯かつ建設的な議論を闘わせ、結果を出していこうではありませんか」と。衆議院における我々の行動に問題があるという批判は真摯に拝聴いたしますが、自民党が野党だった頃、例えば2010年、衆議院総務委員会の郵政改革法案や放送法改正法案の採決、内閣委員会の国家公務員制度改革関連法案の採決時に、同じくプラカードを掲げ、やじとともに反対行動を取られたのは自民党ではないでしょうか。総理、私たちへの批判とどう整合性を付けておられるのでしょうか。そろそろ他者を批判して自分のみが肯定されるという手法は改めていただきたいと強く申し上げます。

安倍内閣総理大臣:自民党であろうと他のどの政党であろうと、言論の府である国会の中でプラカードを掲げても何も生まれない、これは同じことであります。自民党だけを正当化する考えは毛頭ありません。(中略)施政方針演説では「ただ批判に明け暮れたり、言論の府である国会の中でプラカードを掲げても何も生まれません」と申し上げましたが、これはあくまで一般論であって「民進党の皆さんだ」とは一言も申し上げていないわけであります。自らに思い当たる節がなければ、これはただ聞いていただければいいんだろうと、このように思うわけでありまして、訂正デンデンという御指摘は全く当たりません。

民主党政権時の自民党が、何度も繰り返された民主党政権の「いわゆる強行採決」に対し、プラカードを掲げてヤジを飛ばしたことは事実であり、これ自体は言論の府を侮辱する行為であったものと考えます。

しかしながら、この時の民主党はこの行為を際限なくエスカレーションさせ、採決の場をデモの場に変えてしまいました。民主党議員はプラカードを委員長席ではなく中継するテレビに向けて阿鼻叫喚のように反対を連呼したのです。安保法制に対する参議院の委員会採決前には、鉢巻を巻いた野党の女性議員を盾にしながら実力行使を行い、採決時には委員長に暴力行為まで働きました。

論敵が言ってもいないことを根拠に論敵を批判する【ストローマン論証】を使って「お前だって論証」を行った蓮舫議員に対して、安倍総理は「お前だってとは言っていない」として反論しました。確かに安倍総理のとおりです。

ただし、安倍総理が過去の自民党の行為を否定しなかった点は必ずしもフェアではありませんでした。安倍総理は蓮舫議員への答弁で「自民党だけを正当化するつもりはない」と非を認めています。

<事例1c>参・本会議 2019/06/24

白眞勲(立憲民主党):かつて、自民党の議員からは民主党はばらばらだと言われましたが、私からは、自民党だって実はばらばらじゃないかということを言って反論したことがあります。そうしたら、その自民党議員は何とおっしゃったと思いますか。うちはばらばらじゃないんだ、多様な意見があるんだと言うわけです。

自民党の批判に「お前だって論証」で反論する白議員です。これに対する自民党の反論は「ばらばらではなく多様性がある」というものです。民主党と自民党の大きな違いは、民主党には多様な意見があって最後までまとまらないのに対して、自民党には多様な意見があっても最後にまとまって党議拘束をかけられることです。その意味では、自民党の反論には一理あります。

<事例2>「旧統一教会と自民党の関係」報道

安倍晋三氏の銃殺事件以来、日本のマスメディアは、旧統一教会と自民党の接点を徹底的に問題視しています。例えば、TBSは旧統一教会の関連団体に関連するとみられるイベントである『ピースロード』の実行委員会に自民党議員2人が名前を連ねていたとして問題視しています。

<事例2a>TBSニュース 2022/08/08

■旧統一教会系イベント「ピースロード」顧問に自民党2国会議員
「つながり知らなかった」 鹿児島

旧統一教会と政治家との関係を巡る問題で、関係するとみられる団体が含まれるイベントの実行委員会に名を連ねていた自民党の現職国会議員2人がMBC(南日本放送)の取材に応じ、「旧統一教会とのつながりは知らなかった」と話しました。先月23日に予定されていた「ピースロード」は、世界平和や日韓友好を掲げて鹿児島県内を自転車で走るもので、新型コロナの影響で中止されましたが、共催者に旧統一教会の「世界平和統一家庭連合」と関係があるとみられる団体が含まれるとして、自治体などによる後援の取り消しが相次いでいます。

一方、毎日新聞は過去に『ピースロード』を美化するような報道を3回にわたって行っていました。

<事例2b>毎日新聞 2020/08/09

■ピースロード 平和と友好のペダル 19人が力走

日韓両国の友好親善や世界平和などを願い、自転車で各地を巡る「ピースロード2021」(実行委主催)が8日、開かれた。県内の高校生から社会人の男女19人のライダーたちが県文化会館(奈良市)を出発し、猛暑の中をゴールの明日香村を目指して走った。

この記事はTBSから問題視されることはありませんでしたが、この記事の存在がインターネットで指摘されると、毎日新聞はしれっと記事を削除しました。

ここで、論点とする必要があるのは『ピースロード』の実行委員会に自民党議員が名を連ねていたことに何の問題があるのかということです。一方、毎日新聞は『ピースロード』の美化記事をなぜしれっと削除する必要があったのかということです。この根拠をTBSも毎日新聞も一切述べていません。

さて、『ピースロード』の記事をしれっと削除した毎日新聞は、20年ほど前に旧統一教会と関連する世界日報社の月刊紙に自民党の高市氏の対談記事が掲載されていることを新たに問題視しました。

<事例2c>毎日新聞 2022/08/10

■高市氏、旧統一教会系の月刊誌で対談 「関わり知らず」

高市早苗・経済安全保障担当相は10日夜の就任記者会見で、世界平和統一家庭連合(旧統一教会)系(世界日報社)の月刊誌に自身の対談記事が掲載されていたことを明らかにした。高市氏は「旧統一教会と関わりがある雑誌だとは知らなかった」と釈明した。

一方、TBSは3年前に世界日報社を美化するような報道を行っていました。

<事例2d>TBSテレビ『サンデーモーニング』 2019/01/27

■”レーダー音” “威嚇飛行” 収まらない日韓の対立(韓国海軍レーダー照射事件)

橋谷能理子アナ:こうした状況の中で冷静な対応を求めるメディアもあります。世界日報は「拡大した韓日対立、感情的な対応を自制すべき」と。
関口宏氏:メディアが「冷静になりましょう」って一生懸命訴えかけているけど。
谷口真由美氏:韓国の主要なメディアが冷静なことを呼び掛けている。
寺島実郎氏:韓国の新聞メディアにもそういう流れが出てきていると確認して安堵感がある。

この放送につては、毎日新聞から問題視されたことはありません。

ここで、論点とする必要があるのは、世界日報社の月刊誌に高市氏の対談記事が掲載されていたことに何の問題があるのかということです。

ここで重要なことですが、「お前だって論証」では、『ピースロード』の実行委員会に自民党議員が名を連ねていたことや世界日報社の月刊誌に高市氏の対談記事が掲載されていたことに問題がないという結論を得ることはできません。TBSや毎日新聞の判断は言説とは無関係であるからです。

ただし、TBSと毎日新聞は、この事案を問題視している以上、問題視の根拠について説明する必要があります。もし旧統一教会との関係が問題であるのであれば、TBSと毎日新聞の報道はダブル・スタンダードであり、大いに問題があります。マスメディアの報道が問題な場合、その社会に与える弊害は自民党議員の比ではないからです。TBSと毎日新聞は社会に対して謝罪する必要があります。一方、もし旧統一教会との関係が問題でないのであれば、それは自民党議員に対する誹謗中傷であり、自民党議員に対して謝罪する必要があります。

「お前だって論証」は誤謬ですが、「ダブル・スタンダード」については公正な社会を運営する上で問題視するに値するのです。

情報操作と詭弁論点の誤謬論点相違お前だって論証

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