既存の差別に遺伝子を結び付ける非科学的な考えが不幸を増幅する

違っていても尊重し合う教育を

先ほどTBSの報道特集で「道化師様魚鱗癬」(Harlequin-type ichthyosis)という先天性の皮膚疾患を持つ子供さんと両親の姿が紹介されていた。ウイキペディアには「道化師様魚鱗癬は、 ABCA12遺伝子の変異によって引き起こされる。

この遺伝子は、皮膚の最外層の細胞から脂質を輸送するために必要なタンパク質をコードしている」とあった。ABCA12という脂質を運ぶタンパク質の遺伝子変異によって引き起こされる劣性遺伝性疾患で、皮膚の組織が弱くなる病気である。

ただし、同じ症状だからと言って、原因遺伝子が一つとは限らないので、この子供さんが同じ遺伝子に異常があるとは限らない。テレビでは原因不明と紹介されていたので、この遺伝子の変異でなかったのかもしれない。

30万人に一人の頻度で起こるので、多くの方は他人事と考えるかもしれないが、劣性遺伝性疾患であるので、この遺伝子変異を持つ人(保因者)は275人に一人である。両親から受け継ぐ遺伝子の一方に変異があっても病気は起こらず、両親から受け継いだ両方の遺伝子に変異があると病気になる。多くの方はご存じだと思うが、保因者同士が結婚しても、劣性遺伝性疾患の場合、病気の子供が生まれる確率は4分の1である。

275分の1で存在する保因者同士がめぐり逢い、結婚する確率は275分の1の2乗であり、それに4分の1をかけると約30万の1となる。他人事とは言えないのだ。日本人は5-7個の劣性遺伝性疾患を持つと推測されており、自分の問題として考えて欲しいといつも願っている。

ABCタンパク質はいろいろな物質の輸送に関わっており、ABCC11の遺伝子変異は耳垢遺伝子のパサパサ型とベチョベチョ型を決定している。世界中の多くの人は褐色の分泌液を出すベチョベチョ型であり、モンゴル系の人だけがカサカサの乾燥型の耳垢である。この観点では、多くの日本人が変異遺伝子を持っていると言える。また、生まれてからしばらく、お尻に青あざの様な形で残る「蒙古斑」も一部のアジア人に特別なものだ。

と科学的な説明したが、私が悲しくなったのは、お母さんがYouTubeで「ピエロと呼ばれた息子」のタイトルで発信している内容に対して発せられた、あまりにも心ないコメントだ。腹立たしいというよりも、その現実に悲しくなってきた。私は遺伝子多型研究に長年携わってきた。その過程で遺伝子研究は差別を生むという愚かな批判に晒されてきた。遺伝子がわかったから差別が生まれるのではなく、既存の差別に遺伝子を結び付けようとしているだけであり、科学的な解明がなければ、治療への道は開けない。非科学的な考えが、不幸を増幅している。

そもそも、「みんな同じだから平等だ」という教育が間違っているのだ。一卵性双生児でもない限り、そっくりの人間などいない。みんな違っているにもかかわらず、同じを強要する教育が悪いと思う。みんな異なる種(遺伝子)を持って生まれて、世界で一つだけの花を咲かせるのだ。

遺伝子が違っていれば、姿形は違うし、先天性の疾患であってもそれが個性であり、個性を尊重する教育が大切なのだ。愚かな人間は、他人を見下して自分に満足する。そこには本能の部分があるかもしれないが、教育で「どんなにみんなと違っていても、命を授かったお互いを尊重すること」を教えればいいのだ。

私は日本人類遺伝学会理事長の時に、文部科学省に「遺伝病を科学として教え、そして、人間としての尊厳を敬い、互いを尊重する教育の重要性を訴えた」が、「遺伝病は差別を生む」という考えを変えることはできなかった。こんな愚かなことをやっている先進国は他にない。「変異」や「異常」と教えるのではなく、「多型」(Variation)として教えればいいと今でも思っている。文章の前半では「変異」と書いたが、耳垢遺伝子など日本人の多くが世界的に見れば「変異」遺伝子を持っている。変で異質ではなく、個性を尊重する社会になって欲しいと心から願っている。

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編集部より:この記事は、医学者、中村祐輔氏のブログ「中村祐輔のこれでいいのか日本の医療」2022年9月3日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、こちらをご覧ください。