反社対策でカルト宗教はなくならない

反社会的勢力とは専ら暴力団(暴力団対策法第2条第2号)を指す。

「桜を見る会」の際に野党によって引用された反社会的勢力の定義「企業が反社会的勢力による被害を防止するための指針」にある「暴力、威力と詐欺的手法を駆使して経済的利益を追求する集団又は個人」は同指針の補足の記述に過ぎず、また、指針である以上その具体的な範囲は政府ではなく各企業が決めることである。

何よりもこの指針はタイトルのとおり企業向けの文書であり政党は対象外である。これを根拠に政党に特定団体との関係断絶を要求するのはあり得ない。

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もっとも暴力団であれ「暴力、威力と詐欺的手法を駆使して経済的利益を追求する集団又は個人」であれ反社会的勢力とは金銭などの経済的利益の獲得を目的とした勢力である。経済的利益の獲得を目的とした勢力は収益機会(違法行為・商取引)を奪えば消滅する。しかし、宗教団体はそうはいかない。宗教団体は経済的利益の獲得を目的とした勢力ではない。宗教的真理が述べられた教義の実践を目的とした団体である。

批判されている霊感商法も消費者契約法に基づく契約取り消しなどを通じて消滅させても教義は残る。

確かに経済的収入は宗教団体の運営にとって極めて重要であるが、宗教団体は教義がある限り存続する。仮に霊感商法を刑事事件化し統一教会の教祖や幹部を全員逮捕・収監しても教義がある限り統一教会は存続する。オウム真理教は教祖と幹部が逮捕・収監、それどころか処刑されても団体(分派・名称変更はしたが)として存続しているではないか。

だから経済的利益の獲得を目的とする反社会的勢力への対策をそのまま宗教団体に適用しても意味がない。

もちろん、教義を否定することは信教の自由の正面からの否定であり、完全な憲法違反である。

「統一教会は反社会的勢力である。だから絶縁すべきだ」という主張はカルト宗教対策にならないし、単なる信教の自由の否定の主張に他ならない。

では、経済的利益の獲得を目的としない異様な団体はどうすれば良いか?

これに対して戦後の日本社会は明快な回答を出していない。「国民的合意」「社会的合意」と呼べるものはない。

戦後レジームたる「結社の自由」に触れるからだ。これについては既に書いた。

カルト被害は戦後レジームの結果
統一教会による霊感商法に従事する者は専ら同教会の下部構成員であり、民事を超えた行為で彼らの刑事責任を追及し逮捕・収監しても代替要員は補充され、霊感商法自体は継続される。 「統一教会による霊感商法」で考えるべきことは、まずもってこれは組...

明快な回答はないが客観的事実として現在、この種の団体は勢力を拡張しているわけではないから楽観的態度で問題はない。統一教会も大幅に衰退している。個別法の運用改善・改正で対処すれば良いし、既にしている。

今の日本は「カルト教団による侵略」を受けているわけではない。統一教会と反社会的勢力との違いが意識されていないのもこの教団を脅威と認識していないことの裏返しである。

一連の報道を見ても統一教会は実に忠誠心の強い組織である。自民党を支援しても警察は容赦なく捜査してくるし、裁判所だって配慮してくれるわけではない。統一教会に不利益な法改正だって自民党は成立を阻止してくれない。にもかかわらず統一教会は自民党を支援している。両者の力関係はどう考えても自民党>統一教会である。統一教会は他の政党に「乗り換え」ができないから不利益を甘んじるしかないのだ。これは昔の自民党と建設業界の関係と同じである。

しかし、左派マスコミは統一教会>自民党の構図を世間に広めたくて偏向報道をしている。左派マスコミは真の意味での統一教会の実態を報じていないのだ。

彼らがやっているのは衰退中のカルト教団の宣伝とその信仰者を孤立させているだけである。それでいてカルトを嫌悪・恐怖しているのである。統一教会報道はやはり陰鬱という他ない。