国葬業務の入札についての論点整理

安倍晋三元首相の国葬が9月下旬に予定されている。その演出業務等を担当する業者が競争入札を通じて決まったが、1者応札だったという。1億7600万円で落札したこの東京都のイベント会社は、同元首相主催の「桜を見る会」の会場設営業務を数年にわたり受注した業者だったとされる。19年の会では、発注機関が入札公告前に受注業者と打ち合わせをした際、開催スケジュールを伝えたことが発覚、批判を浴びた経緯がある、という(毎日新聞2022年9月2日記事)。

競争入札がどのようになされたのかの情報は断片的なものしか(少なくとも筆者には)分かっていないので、論じられることには限界があるが、問題となり得る論点の整理はある程度可能である。今後の追加情報を待ちたいが、現段階で提示できる論点は以下の通りである(この論考が公表される時点で反映できていない新たな報道があるかもしれないが、その点は了解いただきたい)。

現段階での見立てであるが、この問題は筆者がかつて論じた持続化給付金事業の問題と多くの論点を共有するだろう(「持続化給付金業務委託について:法的視点からの論点整理」「持続化給付金問題② 公共契約において重要なのは手続的公正さ」)。

持続化給付金事業は2者応札だった。本件は1者応札である。もちろん、1者だから悪い、複数者だから良いという単純な議論はするべきではない。重要なのは「何故、そうなったか。」である。

日本武道館
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(1)事前の情報交換はあったのか

簡単なイベントなら簡単な業務だろうが、これは国葬である。それにしては公告、入札からイベント日時までの時間的制約が厳しい。公告期間も長く取れない。公告よりも前の時点でいくつかの業者にヒアリングしたかどうか。あるいは単一の業者だけにヒアリングしたか。その業者には何を伝えたか。どのような情報を交換したか。予算規模、入札スケジュール、業務の内容等々。

入手が早ければ早いほど入札で有利になる情報もある。相手方からの提案があった場合、それは業務委託の仕様に反映されたか。そのような情報の共有は競争の公正にどのような影響を与えるか。

※この点については、5日、松野官房長官が落札業者との間での事前の個別打ち合わせはない、と回答している。

(2)公告期間は適正だったか

事前のヒアリングを受けていない業者は、公告を見て初めて業務の詳細な内容を知ることになるが、公告期間が極端に短い場合、事前に情報を得ていない業者はほとんど対応できないだろう。そのあたりの公平性の担保はどう説明するか。

※上記官房長官の話を前提にするならば、事後の声がけはあったかもしれない、ということになる(可能性としては、落札業者は公告後すぐに声がけされて入札に応じた、というシナリオもあり得る。この場合、論点(7)の問題になる)。

(3)入札参加資格はどうだったか

発注者からすれば、イベント会社であればどこでもよいという訳ではない。過去に同種の経験がある等、一定の条件を課すのは合理的である。大規模なイベント、それも公的なそれであれば尚更である。

しかし、それが特定の業者のみに絞られるように競争入札が仕組まれたものであれば、法的な問題に発展する。

(4)競争入札と随意契約

時間的な制約が厳しく、契約相手として相応しい特定の業者がいるのであれば、そこと交渉して契約するという方法もある。複数の業者が候補ならば、そこと同時並行的に交渉することもできる。随意契約であっても競争的な要素を含ませることは可能である。

「競争入札」という「体裁」に正当性を見出そうとしたのであれば、それは問題だ。競争入札は適正になされて初めて適正な競争入札なのであって、競争入札それ自体が即適正という訳ではない。随意契約と同様に、競争入札であっても説明責任は伴う。問題は競争入札のプロセスが公正だったか否かであり、一般競争だから公正なのではない。競争入札が公正であるのは、公正なルールに基づく競争入札を公正なプロセスで実施した場合である。

(5)落札価格

多くの人々は一者応札の場合、予定価格ピッタリの受注になるのだろう、と考える(もちろん、高値での受注であってもそれだけで非競争的と断言すべきではない)。

ただ、可能性としては低い場合もある。対抗馬を意識して安値受注を目指したというシナリオだ。どちらのシナリオかで論じ方が大きく変わってくる。当該業者はビジネス上の狙いから、宣伝効果や今後の随意契約獲得の可能性も考慮して、大規模な冠婚葬祭イベントに「競争的に」取りに行っているのかもしれない。

(6)契約変更

事前に全てを計画できないイベントの場合、事後の事情により契約変更が必要になる場合もある。その場合、どの程度の変更がなされたかをチェックしなければならない。

契約の適正さは競争入札だけでは分からない。契約変更の適正さも同時に注目すべきである。

(7)不成立よりもマシと考えるか

政府にとって最も避けたい事態は不成立、すなわち誰も手を挙げない場合である。一者であっても予算の範囲内でやってもらえる業者を確保したかった事情が政府にはあったかもしれない。意中の業者が明らかに他と比べて優れた業者ならば、そして時間的な制約が厳しい案件ならば堂々と随意契約をするべきだ。後は説明責任を果たすだけである。強引な競争入札の実施はリスキーな選択だ。

いずれにせよ、情報の一部だけ切り取って是非を判断すべきではない。まずは追加の情報を待ちたいが、国葬については色々と批判がある。それだけに契約についても丁寧な説明が求められる。