「会計」というと簿記や原価計算などの堅い話を連想する。が、世の中では、企業、国や地方の行政組織、官民の各種団体のみならず、各家庭から個人に至るまで、お金の出入りや残高を計る、という意味での「会計」が日々行われている。
「会計」には税務会計・財務会計と管理会計がある。企業を例にその違いを一口でいえば、税務申告に結びつく税務や財務の会計には法やルールがある一方、経営戦略策定のための管理会計には決まりがなく、各企業が独自に工夫している。
先般亡くなった、京セラを世界的な企業に育てるなど企業経営に手腕を発揮した稲盛和夫は、その管理会計手法を『実学』(98年)に詳述した。
大前研一の書いた企画マンのバイブル『企業参謀』(85年)も、経営戦略策定手法の一つとして管理会計を解説している。
その管理会計の考え方の一つに「増し分原価計算」がある。「増し分収益」から「増し分費用」を引いて「増し分利益」を算定する手法だ。以下では、このたび政府が公表した「国葬儀」の費用2.5億円を、この手法を使って考えてみたい。
「増し分」とは文字通り、当初に予想(予算化)した収益や費用に対し、予想(予算化)していない事態によって「増えた」収益や費用をいう。が、「国葬儀」の収益は、例えば「弔問外交に資する」などは定量化できないので、ここでは費用についてのみ論じる。
元より今般の安倍元総理の暗殺は予想外だった。よってその葬儀に掛かる費用は、それが国民葬であれ、「国葬儀」であれ、それを執り行う母体で予算化されていない。が、その費用には、予算化されているものと予算化されていない「増し分費用」とが混在する。
政府は費用総額を2.5億円とし、予備費から支出するという。内訳は、日本武道館賃借に約0.3億円、会場設営費に約2.1億円など。設営費には、会場の装飾や新型コロナウイルス対策、金属探知機など警備強化、海外要人向けの同時通訳費用、参列者の会場への送迎バス代が含まれる。
鈴木財務相は、これ以外の警備や警護、外国要人の接遇などは「通常発生する業務の延長」とみなし、今回の予備費支出に盛り込まれていないと述べた。つまり、予算化されていない2.5億円の「増し分費用」のみを予備費から出すということだ。
これについて一部野党やワイドショーなどは、「2.5億円を嘘」だとし、警察官の費用だけでも数十億かかるなどと騒いでいる。が、これは「増し分原価計算」を弁えない言説だ。「通常発生する業務」の予算には、数万人が動員されるという警察官の人件費が含まれているからだ。
つまり、「国葬儀」の警備業務に就こうが、勤務地での日常業務で就こうが、警察官の人件費は変わらず発生する。敢えていうなら、東京への出張費用(交通費、宿泊費、日当など)は「増し分費用」だが、これとて勤務地で出張する場合もあろうから、「増し分」の算定は容易でない。
ということで、「国葬儀」の2.5億円は、「増し分費用」としてかなり最低限ではあるものの、決して「嘘」とはいえない。
実は筆者は「増し分原価計算」について、本欄で書いたことがある。それは20年4月の「政権の『豹変』を支えぬ立憲・共産 〜 支持率下落は当然だ」の中で「アベノマスク」に触れた以下の一文だ。
466億円かけて5千万世帯に郵送することに批判や揶揄がある。が、製作費1枚260円で5千万世帯なら2枚で260億円、残りの200億円は日本郵便の収入か。が、アベノマスクがなくとも郵便屋さんには毎日配達がある。何を言いたいかといえば、この際日本郵便こそ配達料を勉強せよ、ということ。
つまり、「アベノマスクがなくとも郵便屋さんには毎日配達がある」ので、「増し分費用」は発生しないから「ぼろ儲けするな」という意味だ。他方、年末の年賀状配達では臨時アルバイトを大勢雇うから、「増し分費用」が発生する。が、これとて毎年のことだから予算化していよう。
以上、「国葬儀」の費用を「増し分原価計算」してみた。安倍元総理の「国葬儀」は、特にこの時期の弔問外交という国家戦略の一環として、我が国にとってのみならず、参列する諸外国にとっても極めて有用な機会だ。たとえ予算化済費用を含めて数十億かかろうとも、粛々と行えばよい。