「正しい」を追求した経営者 稲盛和夫氏

パソコンの寿命は何年かご存知でしょうか。

1年? それとも3年? 税法では(一応)「4年」とされています。法定耐用年数といいますね。業務に使うパソコンを買ったら、「4年」もつと考える。だから、購入した年度だけの費用にせず、4年に按分して費用にする。買ったパソコンが40万円だったら、毎年10万円ずつ4年間(※1)。これを、減価償却ということを、ご存知の方も多いことでしょう。

ところが、京セラでは異なります。耐用年数は「自社」で決めるのです。

法定耐用年数が「4年」でも、1年しかもたないのであれば1年で。10年もつのであれば、10年で減価償却する。京セラには「自主耐用年数」というものがあります。それぞれの設備が、正常に機能する期間を見定めて設定したものです。

当然、税務上の損金にはならないため、法定耐用年数を用いた計算も行っておく必要があります。管理部門の負担はかなり大きいはず。にもかかわらず、自主耐用年数で計算するのはなぜか? そうすることが、「正しい」と京セラでは考えているからです。

「減価償却の本質にさかのぼれば、『正常に機能する期間』で償却するのが正しい」

と、京セラの故稲盛和夫氏は言います。

稲盛氏の講演や書籍では、「正しい」「本質」「原理原則」といった言葉が頻繁に使われます。何が「正しい」のか。氏は、それを知るため、現場に足を運び、手を動かし、工夫する。その工夫が結実したのが「アメーバ経営」です。

正しさを追求した経営者、故稲盛和夫氏について考察します。

故・稲盛和夫氏
Facebook「稲盛ライブラリー」より

自分で考える経営者

「経理がわからなかった」。これがアメーバ経営誕生のきっかけでした。

京セラを創業して間もないころ、経理に「今月の収支はどうですか」と聞いても、専門用語ばかりでよくわからない。そこで、

「シンプルに考えよう。売上最大、経費最小にすれば利益も増えていくはず」

と、自分でその手法を考案しはじめます。それが本質を捉えることにつながっていきます。

従業員が増え、管理が難しくなった。だったら、アメーバという小さい経営単位に組織を分割しよう。営業部門は「売上」、製造部門は「原価(=経費・費用)」しか管理せず、利益責任を負うのは経営幹部だけ。だったら、アメーバにも利益責任を負わせよう。

さらに、経費の計上にも独自の工夫を凝らします。

ムダな資材購入を抑えるため、材料は在庫(棚卸資産)にせず、購入後、全額即費用にする。省力化のため、製造業向けの原価計算ではなく、小売業向けの簡便法を用いる(※2)。部門(アメーバ)間の争いを防ぐため、人件費は採算指標に組み込まない、など。稲盛氏が「正しい」と考える方法で経費が計上されていきます。

こうして、アメーバ経営は「管理会計」の手法として進化したのです。

maxek/Pixabay

実務を知る経営者

アメーバ経営には、実務を知らないと思いつかない工夫が、多く含まれています。以下の稲盛氏の言葉は、その象徴的なものです。意味がわかるでしょうか?

『売掛金の消し込み』は『一対一』で

これには驚きました。大企業の経営者が、このような些末なことを言うのは聞いたことがありません。

『売掛金の消し込み』とは、売上後、そのお金が自社の口座に振り込まれたときに行う作業のこと。例えば、当月売り上げたら、これを「売掛金」(という勘定科目)にプールしておき、翌月振りこまれたら売掛金から消去する。初歩的な経理業務のひとつです。筆者は経理部門配属1年目に担当しています。経営トップで、この内容に言及できる人は、少ないのではないでしょうか。

『一対一』とは、ひとつの売上に対し、入金も1回であることをいいます。仮に、

これまで買った製品の、今月末の支払いが『合計で』100万円ある。これを、資金繰りの都合上、今月50万円、来月50万円の2回に分割してほしい

と顧客から要求されても、京セラでは受け付けない、といいます。「一対一」ではないから。複数回の売上に対し入金が2回、つまり「多対多」となってしまうからです。この状態のまま、別の製品を売り上げ、その入金がさらに分割されると、「多対多」がますます複雑化する。これが何年も続くと厄介です。

筆者は、「多対多」が10年以上続いた顧客の「売掛金消し込み」を引き継いだことがあります。過去の履歴や残高内訳がはっきりしないため請求できず、最終的には、損失処理せざるを得なくなりました。

アメーバ経営では、こういった事態を防ぐため、モノや金の動きを伝票と対応させる原則、「一対一対応の原則」を制定しています。上記の例もそのひとつ。「残高いくらのうち、これだけ払います」ではなく、「何月何日に買ったこの品物の代金を、今回お支払いします」と紐付ける、ということです。

「モノの動きとお金の動きは一対一で処理されることが健全」と稲盛氏は言います。

何が「健全」なのか。それを知るため、氏は現場に足を運び、手を動かす。だからこそ、些末な問題に気づき、工夫し、その工夫をアメーバ経営として一般化することができたのではないでしょうか。

現場に赴き手を動かす

アメーバという単位を思いついたのは、従業員が増え、自分の目が届かなくなったことが、きっかけでした。京セラという組織が、まだ目の届く範囲だったころ。稲盛氏は、現場を回り、実際に手を動かしていた、といいます。そのせいでしょうか。中小企業経営者への助言には、現場重視のものが数多く含まれています。

「ジーパンとズック靴姿で、現場を見て回られたらいい」

「インテリが、陥りがちなトラップにはまっておられる」

など。

昨今、手を動かさない経営者が増えているように感じます。稲盛氏のように、現場に赴き、手を動かし、自社にとって「正しいこと」とは何か。考え抜いていただきたいと思います。

【脚注】
※1 単純化し、特例等は度外視
※2 通常、製造業は「標準原価計算」を用いるが、京セラでは小売業向けの簡便法である「売価還元法」を用いている。

【参考】
「高収益企業のつくり方」 稲盛 和夫/著 日本経済新聞出版社
「稲盛和夫の実践アメーバ経営」 稲盛和夫/編著 日本経済新聞出版社
「稲盛和夫の実学  -経営と会計-」稲盛 和夫/著 日本経済新聞社