教皇庁、中国との「暫定合意」再延長:バチカンの寛容は裏切られる

世界に13億人以上の信者を誇る最大のキリスト教会、ローマ・カトリック教会の最高指導者といえばローマ教皇、フランシスコ1世だ。それではバチカンのナンバー2は誰かといえば、プロトコールから判断すれば国務長官、イタリア出身のピエトロ・パロリン枢機卿だ。

イタリア第2国営放送Rai2とのインタビューに答えるパロリン枢機卿(バチカンニュース2022年9月3日から)

そのパロリン枢機卿(67)がこのほどイタリアの第2国営放送Rai2のインタビューに応じている。フランシスコ教皇とは異なり、パロリン枢機卿の発言は明確で誤解を生み出す余地のないものが多い。バチカンの行方を占う上で助けとなるわけだ(バチカンニュース9月3日の同枢機卿とRai2のインタビュー記事を参考にした)。

パロリン枢機卿とRai2とのインタビューで注目されたテーマは「バチカンと中国との間の司教任命に関する合意問題」だった。バチカンは2018年9月、司教任命権問題で北京との間で暫定合意(ad experimentum)した。2020年10月22日、パロリン枢機卿は「2年間、暫定合意を延長する」と表明している。そして2年後の今年、同枢機卿はインタビューの中で「2018年の合意が延長される可能性が高い」と述べている。すなわち、「暫定合意」だった司教任命権の合意内容が再度、延長されることになるわけだ。

それでは過去2年間で中国共産党政権の宗教事情が改善されたのだろうか。少なくとも、カトリック教信者を取り巻く「信教の自由」が進展したのだろうか。残念ながら答えはノーだ。状況はむしろ悪化したというべきだろう。

中国共産党政権の「国家宗教事務局」は2021年1月、カトリック教会を含む宗教団体の聖職者を管理統制する新規則(正式名「宗教教職者の行政措置)を承認し、同年5月1日から発効している。聖職者は共産党政権の管理下にあって、「共産党の指導を支持し、社会主義システムを擁護する」ことが義務となり、その言動は党の統制下に置かれる。国家宗教事務局は中国共産党中央統一戦線工作部に所属しているから、聖職者の管理は共産党中央統一戦線工作部が実施することになる。

聖職者の管理統制の新規則によると、司教任命問題では、「中国共産党によって任命され、それを中国カトリック司教会議が追認する」と明記されている。バチカンと中国間の合意では、「ローマ教皇が中国側から推薦された聖職者の中から司教を選ぶ権利」が記述されていたが、聖職者の新管理規則にはその点は言及されていない。

バチカンは中国共産党政権とは国交を樹立していない。中国外務省は両国関係の正常化の主要条件として、①中国内政への不干渉、②台湾との外交関係断絶、の2点を挙げてきた。中国では1958年以来、聖職者の叙階はローマ教皇ではなく、中国共産党政権と一体化した「中国天主教愛国協会」が行い、国家がそれを承認してきた。それが2018年9月、司教の任命権でバチカンと中国は暫定合意し、バチカン・中国共産党政権は関係正常化に前進した、と派手に吹聴された。

バチカンは「司教の任命権はローマ教皇の権限」として、中国共産党政権の官製聖職者組織「愛国協会」任命の司教を拒否してきたが、中国側の強い要請を受けて、愛国協会出身の司教をバチカン側が追認する形で暫定合意した。これが暫定合意の真相だ。結局、バチカン側が譲歩したのだ。そのため、暫定合意が報じられると、中国国内の地下教会の聖職者から大きな失望の声が飛び出した。中国には、地下教会に所属するキリスト者の数は数千万人と推定されている。

習近平国家元首は「宗教の中国化推進5カ年計画」(2018~2022年)を表明している。共産党政権が「宗教を完全に撲滅することは難しい」と判断し、宗教を中国共産党の指導の下、中国化すること(同化政策)ことがその狙いだ。新疆ウイグル自治区(イスラム教)で実行されている。100万人以上のイスラム教徒が強制収容所に送られ、そこで同化教育を受けている。キリスト教会に対しては官製聖職者組織「愛国協会」を通じて、キリスト教会の中国化を進めている(「欺瞞に満ちた『北京発共同通信』電」2022年7月31日参考)。

パロリン枢機卿はインタビューの中で、バチカンの対中政策を批判する声に対し、「誰かと交渉するときは、常に彼らの善意を認めることから始めなければならない。そうでなければ、交渉は意味がない」と弁明している。その交渉相手が中国共産党政権であった場合、そうはいかないだろう。バチカン側の善意、寛容は必ず裏切られる運命にあるからだ。

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編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2022年9月12日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。