「優しい人」を怒らせてはいけない

黒坂岳央です。

「優しい人ほど怒ったら怖い」と言われる。誰しも聞いた事があるこの話は、実際のところ正しいという肌感覚がある。筆者は昔、その優しさに甘えた結果怒らせてしまって後悔したことがあるし、今は自分自身が「優しい人」と見られがちで、その気持ちがよく分かるからだ。

普段からすぐ怒り出す人より、優しい人の方が怒ると怖い。彼らを怒らせたら最後、一発アウトで再起不能になるからだ。それ故に関係構築の際は慎重さが求められる。経験談に基づいて説明したい。

Mladen Zivkovic/iStock

「優しさ」の正体

そもそも、一般的に「優しい人」とはどのような理解だろうか? 少々失礼な発言をしても、怒らずに冷静に諭すように返す態度が「普通はムッと来るところを怒らない=優しい人」と解釈がある。また、困っている人に対して「大丈夫ですか?」と他の人が素通りしている中、わざわざ足を止めて手を差し伸べる行為を「優しさ」と認識されることが多いように思う。

だが優しい人を理解すると、彼ら/彼女らの優しさは決して底なしの温和さから来ているケースだけではない事がわかる。もちろん、春の日だまりのような優しさを持った人はいるが、その中には「合理的な優しさ」の持ち主もいる。

パッと見、両者の区別はつきにくいが、この優しさは別物である。つまり、普通の会話をする上では落ち着いていて、上品な優しさを見せるが、その振る舞いは合理性に裏打ちされた「ビジネスライクな優しさ」ということである。

本稿で主張する「優しい人を怒らせるな」とは、このビジネスライクな優しさの持ち主を指すと思ってもらいたい。

ビジネスライクに優しい人の正体

この種の人達は、必要性に駆られて優しい人になっている。時々、SNSやメディアなどでビジネスの議論をする場において、感情的になって相手を言い負かすことが目的化してしまうケースがあるが、そのような余裕の無さを見せると信用を失う。だが、あくまで冷静かつ建設的な議論を目指し、相手の意見もしっかり聞いて、落ち着いて対応する人は好感をもたれやすい。実際、そうした議論の動画のコメント欄では「こちらの人はちゃんと相手の話を聞いて優しい」などと称賛されていたりする。

だが、ここでの優しさとは、困っている人に個人的に寄付をする類の優しさとは質的に異なる。ビジネスライクな優しさとは、ムダに争ったり、感情的に相手より有利に立とうとする姿を晒すことは恥ずかしい行為であり、合理性がないことを嫌うからそうしているだけに過ぎない。だから相手からは少々失礼な発言をされても、表面上は穏やかで冷静な姿を見せる。

だが、それは相手を慈しむ心から来てはいない。議論が終わり、「また話しましょう」と失礼な態度を取る相手は満足して話を終えるが、優しい人は「この人はないな」と感じたら、二度と会わない人リストに放り込むことになる。

ビジネスライクということは、論理的ということだ。論理的に思考や行動をする人は強く自分の芯を持ち、明確な判断基準がある。人間関係においてもそれは非常に明確で、「建設的、合理的にお互いメリットのない時間になる相手とは絶対に会わない」という具合だ。「メリット」とは経済的利益だけでなく、たとえば落ち着いて楽しく話ができるとか、価値観が近いので話をして楽しいということも含まれる。

優しく見える人の心の中

自分自身が割とビジネスライクな優しい人に近い感覚がある。実際、セミナーやYouTubeで人前に顔を出して会話すると、相手から「あなたは優しい人だ」と言ってもらえることが結構ある。

確かに自分は人と話して怒りを出すことはないし、基本的に相手と話す時は先方へのリスペクトを忘れないような対応を心がける。困っている人を冷たく見捨てるのは心理的に抵抗を感じる質で、どちらかといえば優しいのかもしれない。

だが、常に優しいかと問われればそんなことはない。世の中には色んな人がいる。話すことのほとんどが愚痴や不満だったり、人と話す時にリスペクトがなく非礼な態度を取る人などだ。自分はこうした性質を嗅ぎ取ったら、絶対に近寄らないようにする。また、会話があっても関係構築の入り口の段階で、角を立てずに浅い関わりだけで終わらせるように試みるだろう。

実際、過去にとあるネット配信でトークをやった時に、世の中への愚痴不満を言い続ける視聴者に困ってしまったことがあった。参加してくれるのは大変ありがたいし、できるだけおもてなしの心で対応したい。だが、内容があまりにひどく、これでは他の視聴者の迷惑になると感じた。そのためブロックして出禁にした。本人からすると「普段は優しいのに、いきなり怒った!」と感じたかもしれない。だが、それはビジネスライクな判断基準に基づくものなのだ。

そして昨今問題になっている誹謗中傷だが、よくあるのが、

  1. 中傷した人に訴訟します!と表明
  2. 中傷者が慌ててお詫び
  3. 今回は誤ってくれたので許す

という流れを見るが、ビジネスライクに優しい人はおそらくこのような温情はかけない。周囲に訴訟の事実を公表せず、静かに相手を訴え、淡々と終わらせるだろう。「相手は反省してくれたので許す」などとは考えず、そもそも表にやり取りを出さずに、降りかかる火の粉を冷静に振り払ってさっさと前へ進むというイメージである。

一見して優しく見える人相手には、土足でパーソナルスペースに踏み込まない方がいい。自分自身がそうされたくないので、相手との関係構築の際はかなり気をつけている。怒らせると一発アウト、二度と話をしてもらえなくなってしまう。そんな薄氷の上で、コミュニケーションを取っているという感覚を忘れない方がいいだろう。

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ビジネスジャーナリスト
シカゴの大学へ留学し会計学を学ぶ。大学卒業後、ブルームバーグLP、セブン&アイ、コカ・コーラボトラーズジャパン勤務を経て独立。フルーツギフトのビジネスに乗り出し、「高級フルーツギフト水菓子 肥後庵」を運営。経営者や医師などエグゼクティブの顧客にも利用されている。本業の傍ら、ビジネスジャーナリストとしても情報発信中。