なぜ円は金より速く回復するのか

こんにちは。

今日は前回の続きで、なぜ金も円も現状では割安に放置されているけれども、円が反発に転じるほうが金の反騰より早いと考えているのかをお伝えします。

昨日の今日でほんとうに恐縮ですが、22日に突如おこなわれた日銀による四半世紀ぶりの円買い介入のニュースを咀嚼しているうちに、またまた日付が変わってしまいました。たびたびの遅延をお詫びいたします。

さて、前回はきちんとデータも示さずに「日本経済はエネルギー資源が高くなるだけならなんとか貿易収支をトントン程度で維持できるけれども、円安が加わると貿易赤字が巨額になる」と言いっぱなしにしておりました。

ですから、まずそこから話を再開したいと思います。

LdF/iStock

円安の弊害を如実に示した7月の貿易収支

次のグラフは、毎月財務省が発表している月間経常収支の速報値です。

ご覧のとおり、今年5~7月の3ヵ月連続で、貿易赤字が少なくとも1兆2000億ドル、多いときには2兆ドルという巨額にのぼっています。これは原油高と円安の相乗効果と説明されることが多いのですが、ほんとうにそうでしょうか。

こちらはWTI原油期近先物の価格を示すグラフですが、2022年5月は原油価格が下落に転じ始めた頃でして、その後ドル建て原油価格はほぼ一貫して下げています。

一方、円の急落が始まったのは今年の1月頃でしたが、こちらは何回か反転上昇の気配を示しながら、そのたびにまた大きく下げています。

最初のグラフに戻っていただくと、原油価格が急上昇を始めた2020年11月頃からの日本の貿易赤字は、今年の3月まではほとんど5000億ドル以内にとどまっていましたし、月によっては黒字になることもたびたびあったのです。

「円安=輸出振興」は完全な幻想

何よりも、最初のグラフと同じ財務省の月間経常収支速報の文章に「貿易赤字を巨額にしたのは、円安だ」という事実が明記してあります。

まず輸出額ですが、前年同月比18.5%増と健闘しているのですが、それは円安で輸出数量が伸びたからではありません。数量は1.9%減少しています。

円ベースで輸出額が伸びたのは、実際に輸出に携わっている企業は自社製品は安ければどんどん量を売り捌けるものではなく、高くても買わざるを得ないものが多いことを知っていて、円安になっても輸出先での現地販売価格をほとんど下げていないからです。

だから、日本円に換算すると輸出価格が21.3%も伸びているのです。しかし、これだけ円建て輸出額が増えても、世界各地から輸入するモノやサービスの量が増えているわけではありません円安で円の購買力が低下しているので、国民全体は確実に貧しくなっています

とりわけ、日本のようにエネルギー資源や金属資源をほぼ全量輸入している国では、円安による購買力の低下は、国民生活を直撃します。

この事実を端的に示しているのが、輸入は前年同月比47.2%も伸びたが、その内訳は数量がわずか2.3%増えただけ、価格が44.0%も上がったというデータです。つまり、今までとほとんど同じ量のモノを約45%値上がりした状態で買わされているのです。

たとえば、日本が輸入している原油の価格はドル建てで前年同期比約62%上昇しましたが、円建てにするとほぼ100%上がっています。その差、約38%は円安効果です。

また、石炭の輸入額にいたっては、去年の7月には石油の2860億円の半分強の1600億円程度だったのに、今年は石油の5920億円に対してほぼ同額の5900億円に膨れ上がっています。

もちろん、「脱炭素」という間違った目標を達成するために、世界中で重油焚きや天然ガス焚きの火力発電所を閉鎖したり、休止したりする中で、太陽光や風力ではとうてい需要を賄いきれず、突然石炭需要が激増したという背景はあります。

ですが、日本のように天然資源や農作物で必ず大きな輸入需要を維持しなければならない国で、自国通貨を安くするというのは、自殺的ともいえる愚鈍な方針です。

日銀、四半世紀ぶりの円買い介入に踏み切る

こうした状況の中で、9月22日に日銀はドル売り・円買いの為替市場介入に踏み切りました。「そろそろ日銀が円安のメドと見ている1ドル145円の水準を突破しそうだったから」という解説がもっぱらです。

私はそうではなくて、日銀による「イールドカーブ・コントロール(YCC)」による金利操作が限界に来ているばかりか、このままYCCを続けていると、日本国債市場そのものが死んでしまうという危機感に駆られたからだと思っています。

延々と国債を買い入れることによって金利を低く保つという政策を続けてきた日銀は、ついに流通中の国債総額の49%まで買い占めてしまいました。この操作によって、指標銘柄と言われる日本国10年債の金利を目標である0.25%以内に押しとどめているのです。

債券とは一定の金額の金利を受け取りつづける権利のことです。同じ金額の金利を受け取るのに必要な出資額(債券価格)は、金利が高ければ高いほど少なくて済みますから、債券の買い手にとって、高金利とは低価格であり、低金利とは高価格なのです。

日銀は10年債でたった0.25%の金利という超高値で国債を買い集めつづけ、とうとう流通総額の半分近くのシェアに達してしまったわけです。

ちょっとでもものを考える投資家なら、「日銀だけでこれほど低金利の国債を買い集めてしまったのだから、日銀が売りに回ったら日本中の国債金利は大暴騰(価格は暴落)する」と考えて、日本国債全体を敬遠するようになるでしょう。

上のグラフに注釈として書きこみましたが、すでに9月21~22日にかけて、指標銘柄である10年国債の取引がただの1件もなかった日が2日続いたのです。

こうなるともう、たんに日本国債全体が金利上昇=価格下落に見舞われるだけではなく、日本国債市場全体が壊死してしまう可能性さえ出てきたと言うべきでしょう。

次のグラフが示すとおり「なんとか日本国債の金利を0.25%以上に押し上げよう(=日本国債の価格を人為的な高水準から押し下げよう)」という動きも、たびたびの日銀による一手買いで跳ね返されながらも、執拗に続いています

この市場健全化の動きを封ずるために、巨額の資金を投ずるくらいなら、むしろ円安を食い止める為替市場介入に使ったほうがマシだ」という考え方が出てきたのだとすれば、日銀としてはすばらしい変化だと思います。

日銀円買い介入の効果や、いかに?

こうして、22日に日銀による円買い・ドル売り介入がありました。その一次的な効果は、米ドルの円価格にして146円寸前から140円台に引き下げるほど大きなものでした。

日銀担当者が「どうせ隠しおおせるほど小さな金額ではないから、初めから介入の事実を認めておく」と言ったほどですから、かなりの金額になっているのでしょう。

この介入の最終的な効果ですが、為替市場関係者の大多数は「連邦準備制度(Fed)や欧州中銀との協調介入ではなく、日銀単独でやったことだし、経済基礎条件は円安に向かっているので、効果なしか、むしろ円売り筋を活気づけて逆効果だろう」と見ています。

でも、次のグラフをご覧ください。


いちばん注目すべきは、もう四半世紀も前のことになる1997~98年の東アジア通貨危機以降の政府・日銀による為替市場介入は一貫して円売り・ドル買い介入だったという事実です。2011年春には東日本大震災という大きな自然災害に遭った日本が、8兆円を超えるような円売り・ドル買い介入をおこなっていたのです。この一貫した円売り・ドル買いの介入が「ファンダメンタルズは、自国通貨安に向かっている」国の政府・中央銀行の取るスタンスに見えるでしょうか。日銀が東日本大震災という国難のさ中に円売り介入をしたのは、「もし日本の投資家たちがいっせいに円売り・海外通貨買いで諸外国に投融資することをやめ、自国の経済復興に専念してしまったら国際金融市場が凍りつく」と、欧米諸国に泣きつかれたからです。民間企業が円売り・諸外国の通貨買いで海外に投融資をすれば、将来の配当金利収入の合計額は全体として投資額を上回り、結局は日本国民全体を豊かにします。政府・日銀が円売り・ドル買いで米国債を買っても、ほとんど金利収入もない外貨準備を積み増しするだけです。さて、日銀による円買い介入が失敗に終わると予測するもうひとつの論拠は「政府による為替介入はつねに失敗してきた」という歴史的事実です。たしかに、マレーシアのリンギット防衛も、イギリスのポンド防衛も惨めに失敗し、ジョージ・ソロスの虚名を高めるだけの結果に終わりました。しかし、それは両国とも自国の経済実態に見合わない高い自国通貨を維持しようとしたからです。つまり、経済合理性に反する賭けをして負けたのです。日本の政府・日銀による円安政策は、ムダな外貨準備を積み増しして何ひとつ国民生活の豊かさに貢献しないだけでなく、どうしても海外から輸入しなければならない天然資源などの日本円価格を吊り上げることになる経済合理性に反する政策でした。その政策をたとえ一時でも中断するのは、経済合理性にのっとった方向転換です。むしろ、とくに1989~90年に株価・地価バブルがはじけた頃から、円高に対する根拠の薄弱な恐怖に怯えて円安政策を取りつづけてきたのが、経済合理性に反していたのです。

ですから、私は今回の日銀による円買い介入は成功すると思っています。

金が円より先に回復する可能性は?

ようやく今回のテーマにたどり着きました。

円安から円高への転換は、すでに9月22日の日銀円買い介入で達成されたか、ごく近い将来に達成されることは間違いないと思います。

ですが、それより前に金が急上昇に転じることで、「比較的値持ちの良かった金で急激に値を下げた円を買って、円が反転したところで金を買い戻す」という方針が間違いだったということにはならないでしょうか?

次のグラフは、2006年から現在にいたるまで、1円を買うのに何ミリグラムの金が必要だったかを示しています。


国際金融危機の頃、若干の値戻しがあった以外、ほぼ一貫して下げつづけ、2006年には0.5ミリグラム必要だったものが、直近では0.12ミリグラム、すなわち4分の1以下に下がっています。2011年から現在までだけでも、金で円を買うコストは約0.25ミリグラムから0.12ミリグラムへと半分弱になっています。次は、欧米諸国の通貨がそれぞれ金何ミリグラムで買えたかを、2011年から現在までで示したものです。


4通貨全体として23~32ミリグラムから出発して14ミリグラムから19ミリグラムへと下がっています。いちばん下げ幅が大きかったカナダドルでも、この間に23ミリグラムから14ミリグラムへと下がったので4割安ですが、半値にはなっていません米ドルとスイスフランにいたっては、24ミリグラムから出発して19ミリグラムへと下がっただけですから、いかに値保ちが良かったかがわかります。危機に強い2大安全通貨と言えば日本円とスイスフランの時代が長かったのですが、スイスフランは安全通貨の称号を維持し、日本円は維持できなかったと言えるでしょう。変われば変わるものです。

米ドル・スイスフランの強さは経済健全性の証しか?

それでは、この間金で測った貨幣価値の目減りがいちばん少なくて済んでいたアメリカとスイスの経済は、健全だったと言えるのでしょうか?

私は大いに疑問だと思っています。

ほとんどの国の通貨は、米ドルに対して強いか弱いかで価値を判断されます。それでは、米ドルの価値はどう判断するのでしょうか。

米ドル指数(略号DXY)という指数があって、アメリカの主要相手国通貨の貿易額で加重した平均値に対して強ければ米ドルの価値は高い、低ければ弱いと判断します。

下の2枚組グラフの上段が、その米ドル指数の1972年以来の動向を示しています。

下段は米ドル建ての金価格のグラフです。

金価格がトロイオンス当たり1800ドル目前まで行った2011年以来の動きを見ると、米ドルのほうが圧倒的に高いパフォーマンスをしています。

しかし、実際に米ドル建ての金価格は、2020年に新高値を付けていたのです。つまり、2011年から現在まででも全体として金のほうが米ドルより価値は高まっていたのです。

ようするに、ほかの通貨との相対比較では2011年以降米ドルとスイスフランがもっとも高いパフォーマンスをしているが、このふたつの通貨でさえ、金に比べれば価値は目減りしていたのです。

なぜかと言えば、インフレによって同じ金額を払っても買えるモノやサービスの量がどんどん圧縮されていたからです。

この点を見ても、21世紀に入ってから一貫してインフレ率が他の先進諸国より低く通貨価値が安定しているはずの日本円が、諸外国の通貨と比べても、金と比べても大きく価値が下がっているのは、不思議な現象です。

金融業界の人たちは、この怪奇現象を金利差で説明することが多いようです。つまり、高い金利を取れる国は、持っている金融資産を速く増やせるから人気が集まり、価値も高まるが、金利の低い国ではなかなか金融資産を増やせないから人気が離散するということです。

しかし、名目ではかなり増えているはずの金融資産が、インフレ率で割ってみるとほんの少ししか増えていなかったり、逆に目減りしていたのでは、実際に買えるモノやサービスの量は減っているのですから、あまり説得力のある議論とは思えません。

金融資産の実質価値という意味では、このところスイスフランだけが米ドルと対等に張り合い、日本円は米ドルに大きく負けている現状についても、別の見方ができそうです。

日本円もスイスフランも、米ドルに対していちばん強かった時期には、1972年の4倍(1米ドルを買うのに必要な自国通貨が4分の1で済む)くらいの価値になっていました。

ところが、日本円はその後米ドルに対する価値が大きく目減りして今では1972年の2倍程度の価値に下がっていますスイスフランは、1972年の価値の約4倍のままです。

最大の理由は、スイスの中央銀行であるスイス国立銀行も、アメリカの連邦準備制度とともに量的緩和から引き締め・金利上昇への転換を果たして、金利選好の強い海外資金を呼びこんでいることだと思います。

スイスフランは米ドルと一蓮托生

そして、量的緩和時代に大きく膨張した先進諸国の中央銀行総資産の動向でも、スイス国立銀行は連邦準備制度とそっくりのパターンを、連邦準備制度の4~5倍のギアリングをかけてやっています。

連邦準備制度の総資産は、GDPの約5%から35%ぐらいに上がったあと、直近ではやや下がり気味です。

スイス国立銀行は23%あたりから出発して150%まで膨張したあと、直近では130%に下げています。

このアメリカの金融政策を大きなギアリングをかけてまねる方針は、たぶんかなり悲壮な「毒を食らわば皿まで」的覚悟を持ってやっていることではないでしょうか。

スイス国立銀行はもともと非常に豊富だった金備蓄を、トロイオンス当たり200~300ドルで低迷していた1990年代末から2000年代に盛大に売り払ってしまいました

金融に関してうるさ方の多いスイス国民からの批判に応え、名誉を挽回するために、その後はアメリカのハイテク株中心のポートフォリオを組んだ株式運用で巨富を稼ぎ、一時は「世界でもっとも成功したヘッジファンド」とさえ言われていました。

ですが、2021年暮れから2022年初頭のハイテク大手の大天井にうまく対応できず、現在では株式運用ポートフォリオで巨額の含み損を抱えている模様です。

つまり、スイス国立銀行としては、どんなに危険でもアメリカ経済とアメリカ株が回復してくれるのを待つしかなく、したがって「この道が唯一の生き延びる道」としてアメリカの金融政策をそっくりなぞりつづけているのが現状でしょう。

今後の金の価格動向は?

さて、スイス国立銀行に将来展望を見誤らせて、結局は大きな躓きの石となった金価格のその後はと言うと、現在も機関投資家のあいだでかなり人気が離散しているようです。

過去10年ほどの平均なら約11万株のネットでの買い建玉になっているはずが、直近で約7000枚の売り建玉になっているというのです。

ただし、この機関投資家の純建て玉の買いから売りへの転換は、いわゆるカウンターインジケーター(逆指標)で、そこまで人気が落ちると逆に金価格は反転上昇に入ると言われています

2011年に1800ドルに迫ったあと、2014~18年という長期にわたって1100ドルから1300ドルのレンジ内にとどまっていた金が、2020年以降1700~2000ドルへと大きく取引レンジを上げるきっかけとなったのは、2018年末に純建て玉が売り10万枚を超えたことだったようです。

ただ、最近金に対する評価が下がっているのは、もっぱら「インフレヘッジのはずがインフレヘッジにならず、ボックス圏でもたもたしている」という点に関する不満が噴出しているからという気配もあります。

ですが、金価格は次のグラフでご覧いただけるように、欧米諸国で軒並みインフレ率が加速することを先読みしていたフシも見受けられます。

金価格は欧米諸国でのインフレ率加速を約1年半先読みして付いてくるのを待っていただけだとすれば、「今回は金がインフレヘッジになっていない」という理由で手放すのも気が短かすぎるし、「すぐにもボックス圏から上放れする」と期待するのも時期尚早でしょう。

先ほどの金純建て玉の買いから売りへの転換は逆指標という見方にしても、もう少し純売り建て玉の枚数が増えないと、あまり迫力のある議論にはならないと思います。

何にも増して金で円を買うべき大きな理由

いろいろ検討してきましたが、現在の日本の金融市場を見るとあまりにも円は安く放置されているのに対し、円建て金価格はそれほど下がっていないどころか、直近3ヵ月ではむしろ上がっていることに驚かされます。

2022年上半期の通算では、金融商品総崩れの中で、金地金の米ドル価格は6ヵ月でわずか1.2%下がっただけです。やはり金は、金融商品の中では消費者物価上昇率の突然の加速に対して十分なヘッジになっていると見るべきでしょう。そして、7月1日から9月22日までの3ヵ月弱で言うと、金地金価格は米ドルで8.1%も下がってしまったのに対し、円価格ではなんと9.5%も上昇していたのです。まあ、いかにこの間の円安が急激だったかの証左でもありますが。というわけで、円反騰ののろしも上がったことですし、今なら金で円を買っておけば、円急上昇によって、金を買い戻すときにはより多くの金になっている可能性が高いと思います。

編集部注:最終的な投資決定はお客様ご自身の判断でなさるようにお願いします。

増田悦佐先生の新刊が出ました。


編集部より:この記事は増田悦佐氏のブログ「読みたいから書き、書きたいから調べるーー増田悦佐の珍事・奇書探訪」2022年9月24日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方は「読みたいから書き、書きたいから調べるーー増田悦佐の珍事・奇書探訪」をご覧ください。