シュワちゃんの「原発」擁護発言:脱原発政策から現実路線へ

人は変わるものだ。良い方に変わる場合とそうでない場合とがあるが、数年前と現在でまったく変わらない人がいたら、そのほうが珍しいかもしれない。それほど時代のテンポは急速に動いている。

その意味で、日本で“シュワちゃん”という愛称をもつ元米カルフォルニア州知事で俳優のアーノルド・アロイス・シュワルツェネッガーさんが変わったとしても不思議ではない。

環境保護のために奮闘する俳優アーノルド・アロイス・シュワルツェネッガー氏(ビッツ・ブレッツェルフェア公式サイトから)

カルフォルニア州知事(在任2003年~11年)を務めた後、政界から引退し、環境保護活動に専心しているシュワルツェネッガーさん(75)が25日、ミュンヘンで開催されたビッツ&プレッツェルのスタートアップフェアでスピーチし、「1970年、80年代に遡ると、われわれは原子力エネルギーの利用を段階的に廃止したことは大きな過ちだった」と語ったのだ。

シュワちゃんは政界引退後、スウェーデンの環境保護活動家グレタ・トゥーンベリさんと同じように、地球の温暖化阻止、クリーンエネルギーの拡大を世界に訴えてきた。シュワちゃんは他の環境保護活動家と同様、地球温暖化の原因ともなるCO2を放出する石炭や原油などの炭素系エネルギーからクリーンな再生可能エネルギーの利用を訴えてきた。

シュワちゃんのこれまでの環境保護政策を知っている人なら、彼が突然、脱原発から原発利用に豹変したことに驚くだろう。ひょっとしたら、「ブルータス、お前もか」といわんばかりに、怒り出すかもしれない。福島第一原発事故以来、脱原発を推進してきたドイツでも原発の操業延長などの声が産業界で高まっているからだ。だから、シャワちゃん、お前も心変わりしたのか、という怒りだ。

シュワちゃんは「欧州は1970年、80年代、ロシア産天然ガスの供給に依存することで、そのエネルギー政策は非常に脆弱となった。そのロシアがウクライナ侵攻以来、ロシア側の供給ストップでエネルギー危機に直面している」と述べ、脱原発政策から原発推進を呼びかけているのだ。

シュワちゃんはまた、チェルノブイリ原発事故(1986年)や福島第一原発事故(2011年)などに直面し、リスクの高い原発操業を段階的に中止する国が欧州で出てきた問題に言及し、「環境保護活動家は原発事故の恐ろしさを考え、脱原発を主張してきたが、原発事故による死亡者数は、公害や気候変動による死亡者数に比べごくわずかだ。原発はほぼCO2ニュートラルで稼働する」と説明し、「化石燃料は敵だ」とターミネーターらしい檄を飛ばすことも忘れなかった。

シュワちゃんが原発推進を突然言い出したわけではない。ウクライナ戦争の影響、ロシア産天然ガスの供給ストップなどでエネルギー危機に陥っている現状を受け、欧州連合(EU)の欧州議会は7月6日、ストラスブールでの本会議で、気候変動抑制などに寄与する持続可能な投資対象のリスト「EUタクソノミー」(EU-Taxonomie)に原発や天然ガス発電を条件付きで追加するEU委員会の法案を賛成328票、反対278票、棄権33票で承認した。この結果、EU委員会が提案したEU分類案は来年1月から施行される公算が大きくなったからだ。

EUは温室効果ガス排出量を2050年までに「実質ゼロ」(カーボンニュートラル)とする目標を掲げている。その目標を達成するためには原発、天然ガスを持続可能なエネルギーとして活用することが不可欠と判断し、「グリーン」と認定することで投資家を呼び込むことを目的としている。シュワちゃんの原発支持はEUの潮流に乗ったものであることは間違いない。

例えば、欧州の経済大国ドイツでは、年内に操業停止予定だった残りの3基の原発のうち2基を来年4月半ばまで予備電源として使用できるようにする方針にしたばかりだ。ただし、脱原発の政策には変化はないという。脱原発を党是とするドイツの「緑の党」からは今回の決定に対しても強い抵抗がある。ドイツの17基の原発を今年末までに停止するというメルケル前政権から続けてきた脱原発政策はロシア軍のウクライナ侵攻の影響もあって大きく揺れ動きだしてきたわけだ。

シュワちゃんのミュンヘンでの原発推進への呼びかけは少なくともドイツ産業界では歓迎されている。時代の動きと要請を素早くキャッチする能力では、ボディビルダーから俳優、そして米最大州の知事にまで這い上ったシュワちゃんは、党是に縛られている通常の政治家より優れているし、柔軟性があることは間違ない。なお、シュワちゃんはオーストリア南部シュタイアーマルク州出身だ。参考までに、オーストリアは欧州で唯一、「反原発法」が施行されている国だ。シュワちゃんの活躍が期待される所以だ。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2022年9月28日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。