長すぎた「平和主義」を卒業するとき

ロシアのプーチン大統領は、戦争で占領したウクライナ東部の4州を併合すると発表した。これを受けてウクライナのゼレンスキー大統領は、NATO加盟を申請した。これは第3次世界大戦への第一歩となるかもしれない。

ウクライナはロシアの設定した国境を認めていないので、今後も反撃が続くことは避けられない。プーチンの立場になって考えると、ここまで派手に戦線を拡大した以上、引き下がると政権が危うくなる。彼は「アメリカは日本への原爆投下で前例を作った」という表現で、あからさまに核兵器の使用をほのめかした。

不気味なのは、プーチンの精神状態が正常とは思えないことだ。彼は「西側諸国は伝統的な宗教的価値観に背を向けている」と批判し、「子どもに性転換手術を受けさせたいか」と問いかけた。西欧的な価値観をすべて否定しようと思い込んでいるのだろう。

法技術的には、紛争当事国であるウクライナが、今NATOに加盟することはできない。加盟した瞬間にNATOの全加盟国が、ロシアのウクライナ攻撃を自国への攻撃とみなして反撃する義務を負うからだ。しかし米バイデン大統領はオバマ政権の副大統領だったときウクライナをNATOに加盟させると約束しており、ゼレンスキーの申請を明確に断ることもないだろう。

「ユーラシア国家」が多数派になる世界

いま起こっている変化は、1990年以降の冷戦の終焉を巻き戻す動きである。それを「新しい冷戦」と呼ぶ向きもあるが、対立軸は資本主義vs社会主義というイデオロギーではない。ロシアや中国のようなユーラシア国家と、それ以外の世界の対立である。

それは日本人が考えているような「圧倒的に有利な民主国家に対する独裁国家の反抗」ではない。ウクライナ侵略に対する国連のロシア非難決議に反対もしくは棄権した国の人口は、賛成した国より多かった。

中国とロシアの伝統は、ここ1000年ぐらい変わっていない。それはアジア的専制と呼ばれるが、それほど特殊なものではない。むしろ梅棹忠夫の生態史観でいうと、乾燥地帯の周辺で遊牧民の攻撃から身を守るためにできた国家で、西欧の近代国家よりはるかに古い。

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梅棹忠夫『文明の生態史観』より

そして日本は、このユーラシア国家との対決の最前線にある。中国と直接に国境を接するのは台湾や朝鮮半島だが、今回のウクライナのように、それが日本と一体化するのは時間の問題である。

日本が戦後、平和だったのは、いろいろな幸運に恵まれた奇蹟である。もし米軍が1949年までに占領を終えて予定通り撤退していたら、朝鮮戦争で北朝鮮軍が日本に上陸した可能性もある。日本が戦争に巻き込まれなかったのは、在日米軍基地があったからだ。

次に日本が攻撃されるときは、ウクライナのような古典的な陸上戦にはならない。核戦争が始まると、数日のうちにエスカレーションが起こる。ロシアの弾道ミサイルがどこにあるかはアメリカに把握されているので、ロシアはアメリカの報復が始まったら撃ち尽くすだろう。その射程には、日本の三沢基地も含まれている。

台湾有事のとき、ねらわれるのは沖縄である。しかし与那国島から80kmしか離れていない地点に中国のミサイルが落ちた後、沖縄県民は反基地の玉城知事を選んだ。

日本の長い平和は「まぐれあたり」だった

このような平和主義(pacifism)は、江戸時代から続く日本の伝統である。Pacifismは「無抵抗主義」や「敗北主義」という意味で、西欧圏では肯定的に使われる言葉ではない。

それは当然である。16世紀以降のヨーロッパの歴史は戦争の連続であり、第2次大戦後の77年は、ヨーロッパのどこでも戦争が起こらなかった時期としては最長だった。平和は軍事力や経済力の均衡の上に成立するというのが、ヨーロッパの常識である。

ところが日本では、応仁の乱の後の長い江戸時代に、内戦がほとんど起こらず、外国から侵略もされなかった。対外的に侵略した歴史はあるが、それが失敗したあとは軍備も放棄してしまった。それなのに世界でもっとも危険な東アジアで平和を守れたのは、米軍の占領状態が続いたからだ。

これをどうみるかは、人によって違うだろう。左翼は「平和が続いたのは憲法のおかげだ」というが、保守派は「属国状態が続いている」と考える。いずれにしてもそういう幸運が、いつまでも続くとは限らない。

運を実力と取り違えるのは危険である。日本人は米軍基地に守られた平和が永遠に続くと思っているが、中国やロシアが日本をミサイル攻撃したとき、アメリカが核報復のリスクを負担して反撃してくれる保証はない。そういう楽観的な予想にもとづいて安全保障を考えると悲惨な結果になることは、ドイツが示してくれた。

10月7日から始まるアゴラ読書塾「長い江戸時代のおわり」では、このような日本の歴史を振り返り、日本人がどうやって平和主義を卒業するかを考えたい(申し込みは受け付け中)。