厳冬を前にウクライナ戦争激化か:核への誘惑に抗せなくなるプーチン

ロシア軍は10日朝(現地時間)、ウクライナ全土に83発のミサイルを発射し、ウクライナの電力や水道のインフラを破壊する一方、民間人を無差別攻撃した。ウクライナ側の報道では14人が死去し、100人近くが重軽傷を負ったという。

プーチン大統領はサンクトペテルブルクで安全保障会議を開催し、ミサイル攻撃を発表した(2022年10月10日、クレムリン公式サイトから)

ロシア本土とクリミア半島を結ぶ19キロの長さのクリミア大橋の一部が8日、破壊されたことに対し、プーチン大統領は爆発事故の政府委員会を設置し、調査を命令。そして9日、「クリミア大橋爆発事件はウクライナ保安局(SBU)の仕業だ」と発表し、報復を表明してきた。同大統領は10日、「ロシア領土のテロ行為に対する報復だ。必要ならば、今後も大規模な攻撃を行う」と警告を発している。

クリミア大橋の爆発事件については、ウクライナ側は歓迎する一方、事件への関与については何も言及していない。そのため、ロシア側の自作自演説も囁かれている。道路端と鉄道橋から成る同橋はロシアからクリミア半島への主要補給路だけに、ロシア軍の軍作戦にも支障が出てくる可能性があると予想されている。

数カ月ぶりに、ロケット弾が首都キーウやウクライナ西部のリヴィウに落ち、他の多くの都市も砲撃を受けた。ウクライナのゼレンスキー大統領はビデオメッセージで、攻撃は主にエネルギーインフラを狙ったものだと述べる一方、民間人への無差別攻撃を「テロ」と強く非難している。

独民間放送は10日、ロケット攻撃を受けたウクライナ首都キーウの状況を報じていた。1人のキーウ市民は、「ここ数カ月はキーウへの攻撃がないので安心していた。早朝、ロシア軍のミサイル攻撃を受け、サイレンが鳴り響いて驚いて目を覚ました」という。ポーランドやスロバキアなど隣国に避難していたウクライナ国民はキーウやウクライナ西部リヴィウはもう安心だと考え、多くは海外の避難先から戻ってきた。ウクライナ側には「ロシア軍はもはや怖くない」と考える国民が増えてきていた。ロシア軍の10日のミサイル攻撃はウクライナ国民に再び、「ロシアは怖い」という恐怖心を与えているわけだ。

なお、ロシアが発射したミサイルの多くは撃ち落されたという。ウクライナ国防省の発表では83発中、52発のミサイルは防空システムによって迎撃された。ロシア軍のミサイルのほか、イラン製のドローン(無人機)も目撃されたという。ウクライナ軍によると、これらの無人偵察機の一部は隣接するベラルーシやクリミアから発射されたという。

オーストリアのインスブルック大学政治学者のマンゴット教授は10日、オーストリア国営放送のインタビューに答え、「モスクワ橋の破壊以降、ウクライナ戦争はエスカレートしてきた。プーチン大統領はウクライナ東部、南部の4州を併合させたが、ウクライナ軍の攻撃を受け、ロシア軍は守勢にまわり、領土の一部を奪い返されている。そこで政府や軍内の強硬派から大統領への圧力が高まってきた。プーチン氏はその責任回避のため軍の指揮に問題があるとして、軍人事を行い、軍事侵攻の総司令官に8日、スロビキン上級大将(航空宇宙軍総司令官)が任命されたばかりだ。プーチン氏にとってウクライナとの戦いは絶対に負けられない。敗北は自身の政治生命の終わりを意味するからだ」と説明。

一方、ベラルーシのルカシェンコ大統領は、ウクライナがベラルーシへの攻撃を計画していると非難し、ロシアとの合同軍の編成を発表した。ベラルーシの国営通信社ベルタによると、ルカシェンコ氏は10日、「ロシア連邦とベラルーシ共和国の地域連合を設立することを決定した」と述べた。それに対し、マンゴット教授は、「ベラルーシ軍がウクライナ北部から攻撃をすれば、ウクライナ側も東部、南部の軍の一部を北部に回さなければならなくなる。ただ、ベラルーシ軍の規模が不明だ。その上、ベラルーシ内ではウクライナとの戦闘に反対する声が強く、軍内部でも戦争には消極的だ」と分析している。

ベラルーシはロシアの数少ない同盟国の一国だ。2月末のウクライナでのロシアの攻撃の開始時、ベラルーシは自国の領土からロシア軍がウクライナに侵攻することを容認したが、ベラルーシの兵士がウクライナ戦争に直接派遣されたことはこれまでない。ベラルーシ軍には約6万人の兵士がいると推定されている。

冬の訪れが迫ってきた。プーチン大統領は9月21日、約30万人の予備兵の部分的動員令を発し、9月30日、ウクライナ東部(ドネツク州、ルガンスク州)・南部(ヘルソン州、ザポロジェ州)のウクライナの4州のロシア併合を実行、10月に入ると、8日にはクリミア大橋の爆発、そして10日はロシア軍のウクライナ全土へのミサイル攻撃と、ウクライナ戦争が急速にエスカレートしてきている。ロシア軍が今後も守勢に回るようだと、プーチン氏への批判の声が一層高まることが必至だ。その時、プーチン氏が大量破壊兵器(原爆)への誘惑に抗すことができなくなる事態も考えられる。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2022年10月12日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。