キューバ危機から60年、プーチンに諫臣はいるのか?

高まる核使用リスク

ジョセフ・バイデン米国大統領は民主党の会合で、核兵器が使用されるリスクが1962年の10月に起きたキューバミサイル危機以来の高い水準にあると警告を発した。

これは、ウクライナの攻勢に押され、自軍が著しく不利な状況に追いやられているロシアのウラジミール・プーチン大統領の精神状況を推察したうえで出た発言であろう。ウクライナ軍は先月の軍事作戦の成功により、それまでロシアに占拠されていた大部分を領土を奪取し、プーチン氏に「部分的な」動員令という伝家の宝刀のひとつを発布させるほどに戦術的に追い込んだ。

また、ロシア本土とクリミア本島を結ぶ大橋が爆破されたことに、プーチン氏は明確な情報を示さずにウクライナのテロ行為だと決めつけ、無差別にウクライナ全土のミサイル攻撃を命令した。この攻撃のずさんさ、そして決定の素早さから戦争のエスカレーションを声高に叫ぶ国内の強硬派を抑えたいプーチン氏の思惑が透けて見え、それに加えて戦局も好転しない現状も鑑みれば、プーチン氏が袋小路に追いやられていると考えることは自然である。

そのため、識者や評論家の間では、プーチン氏が目下の戦争をロシアにとって有利な状況に転回させるためのゲームチェンジャーとして1945年8月9日以来一度も使用されたことのない核兵器を使用するのではないかと警鐘を鳴らしている。そして、キューバミサイル危機からちょうど60周年を迎えようとしている今月にそのような言説が流布されることに一種の不気味さを筆者は感じる。

ウクライナ4州の併合を祝うコンサートで演説するプーチン氏 クレムリン公式HPより

キューバ危機はなぜ回避されたか?

キューバ危機を題材とした作品に映画「JFK」などで有名なケビン・コスナーが主演を務め、2000年に放映された「サーティンデイズ(13デイズ)」という米国映画がある。この映画のタイトルは世界が最も核戦争に近づいてたとされるキューバにソ連のミサイルが配備されたことが確認された1962年10月16日からソ連がそのミサイルを撤去することを発表した同年10月28日の期間、計13日間を題材にアメリカ、ケネディ政権の危機対応をドラマチックに描いた事実ベースの映画である。

この映画の魅力のひとつは、実際の危機管理の現場の臨場感が体感できる点にある。作中、ソ連側の状況は一切映されず、一貫してケネディ兄弟と、主演を務めるコスナー氏が扮するオドネル補佐官の視点から描かれる本作は、いかに当時の米国の政策決定者が情報が著しく不足した中で、ソ連の意図を読み取りながら、核戦争に踏み切るか、否かの決定を迫られていたかが十二分に実感できる。

ケネディ大統領の弟で、キューバ危機の際司法長官でもあったロバート・ケネディは当時の危機対応を振り返り、上記の映画と同じタイトルの(邦題:13日間ーキューバ危機回顧録)の回顧録を残している。その中で、興味深いのは日本が真珠湾を攻撃した際の首相であった東条英機について言及していることだ。

東条についての言及がなされる直前、ロバートはキューバ危機一日目、キューバに配備されたミサイル対応を議論する会議の雰囲気について以下のように述べた。

当初は、何らかの対抗措置が必要だというのが一般的な感覚でした。しかし、少数派ではあるが、「ミサイルがあってもパワーバランスは変わらないから、何もする必要はない」と考える人もいた。しかし、その時点では、ミサイル発射地点への空爆が唯一の手段であると考える人がほとんどであった。

ソ連の意図が全く分からない中で、大勢はキューバにおけるミサイル基地を排除することを目的とした外科手術的な空爆に定まったかと思われたが、冷静さを保っていたロバートはその直後にこのように述べた。

政策提言をを聞きながら、私は大統領にメモを渡した。「私には東条が真珠湾攻撃を計画したときの気持ちが分かった」

石油がアメリカに禁輸され、戦わずしてアメリカに屈服することを恐れた日本は東条自身の言葉を借りれば「清水の舞台から飛び降りる」という一か八かに賭けて米国に宣戦をした。その歴史的教訓に思いを馳せながら、ロバートは安易に軍事的オプションに踏み切ることを危機勃発直後に自制した。核戦争が引き起こされかねないリスクを考慮すれば彼の判断は妥当であった。

そして、そのロバートの判断は自身と血縁関係にあり、且つ最も彼のことを信頼していた大統領にも共有され、閣内、議会内の強硬派の意見を抑えながら、ソ連が攻撃的な意図を持っていないことが明らかになるまで米国の軍事力行使を自重させた。

プーチンに諫臣はいるのか?

キューバ危機、それに伴った核戦争のリスクは米ソ首脳が冷静さを保ったおかげで回避された。今考えればソ連のミサイル配備に過剰反応したと思わされる米国も、弱腰だとも思える意見を臆せずに言え、しかもそれを最高指導者に直言できるロバートケネディのような人物がいたからこそ、当時のアメリカは最悪の結末を招かずに済んだ。

しかし、プーチン氏にはロバートのような耳障りの悪い意見を進言する諫臣のような人物はいるのであろうか。

米国の情報機関などが出す情報を頼りにすればその応えは否だ。プーチン氏が開戦を決定した要因は取り巻きが上げてくる耳障りの良い情報が要因だとされる。プーチン氏の個人独裁と化しているロシア政府内で、プーチン氏の好みに沿う情報しかプーチンの耳入ってこない。その情報伝達の仕組みは開戦初頭、そして現在でも変わっていないはずだ。

なにより怖いのがプーチン氏が強硬派に御しやすい政治的、精神的状況に追い込まれており、核使用を促されてもそれを断らない可能性が高い状態にあることである。

冒頭で紹介したバイデン氏の発言が現実となれば、これまで蓋をされてきた核兵器というパンドラの箱が開かれ、プーチン氏が意図しない形で核兵器がゲームチェンジャーとなり、国際政治を永久に変えてしまうであろう。

60年前人類が核戦争の一歩手前まで行きそうになった時、時の権力者には代替案を提示し、破滅的な結果を回避しようとしたロバートケネディのような側近が近くにいた。

だが、キューバ危機から60年後、プーチン氏は絶対権力者ゆえに孤立し、一人で全世界の命運を決定しかねない決断を検討している。