ウクライナの教訓は活かされたか:人間不在の防衛論議

いわゆるウクライナ戦争の潮目が変わった。10月12日、ブリュッセル(ベルギー)で開かれたNATO(北大西洋条約機構)の国防相会議に合わせて、ウクライナへの軍事支援について協議するためアメリカが主催した6回目の定例会合が開かれた。会合には、欧米諸国など約50か国が参加。今後「戦場で必要な兵器」について協議し、各国がウクライナに対して長期的に軍事支援を続けていくことを確認した。

会合のはじめ、アメリカのオースティン国防長官が「プーチン大統領の新たな攻撃にもかかわらず、ウクライナ軍は流れを変え、ロシア軍の占領から街を解放し数千平方キロメートルに及ぶ領土を奪還した。各国の安全保障面での支援や訓練などの取り組みは不可欠だった」と述べた。会合後の記者会見でも、「ウクライナは東部と南部でかなりの領土を奪還している。このような活動は冬の間も続くと思われる」と述べ、この冬も戦闘が続くことを前提に支援を続ける必要を強調した。

NHKはじめ日本のメディアは淡々と報道するが、なぜか「日本の不在」を嘆く声はどこからも出て来ない。まさに「不可欠だった」軍事支援を、日本だけが実施していない。

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なるほど、日本も「各種の制裁措置などに取り組むとともに、(中略)防衛装備品等の供与を続けている」(防衛省)が、欧米諸国と比べ、質も量も格段に劣る。

たとえば過日、ケビン・メア元米国務省日本部長が、「日本は地対艦ミサイルをウクライナに供与せよ」と「直言」したが(国家基本問題研究所「今週の直言」2022.06.20)、残念なことに、日本政府はもちろん、日本のマスメディアからも、そうした声は上がってこない。これでは、まるで傍観者ではないか。

前回アゴラへの寄稿で、拙著最新刊『ウクライナの教訓 反戦平和主義(パシフィズム)が日本を滅ぼす』(扶桑社発売)の「あとがき」を引いた。今回は以下、同書から「まえがき」を借りよう(一部修正した)。

最大の問題は、命と平和の大切さだけが語られる日本の現状だ。昭和、平成、令和と、戦後日本を、そうしたパシフィズム(反戦平和主義、反軍平和主義、護憲平和主義、絶対平和主義、無抵抗主義)が覆っている。

その結果たとえば、「人間は避けることのできない死を避けようとして、避けることのできる罪を犯す」(アウグスティヌス)とは、けっして考えない。

ゼレンスキー大統領は英議会での演説で『ハムレット』を引き、「生きるべきか、死ぬべきか」と問うた。だが、後に続く以下の台詞を、多くの日本人は知らない。

どちらが男らしい生きかたか、じっと身を伏せ、不法な運命の矢弾を耐え忍ぶのと、それとも剣をとって、押しよせる苦難に立ち向い、とどめを刺すまであとには引かぬのと、一体どちらが(シェイクスピア『ハムレット』新潮文庫)

――いまは「男らしい」ではなく「高貴な」と訳したほうが適切かもしれない。

いずれにせよ、英国エリザベス朝時代を代表する作家と、(国際法上許された自衛権行使すら批判する)令和日本の大学教授や弁護士コメンテーターとの乖離は本質的である。

ハムレットが出した答えを知らぬ者はいないであろう。それは避けることのできた罪かも知れない。ここで重要なのは悲劇の結果ではない。ハムレットがなぜ、そう考えたかである。

寝て食うだけ、生涯それしか仕事がないとなったら、人間とは一体なんだ? 畜生とどこが違う。神から授かったこの窮まりない理性の力。それあるがため、うしろを見、さきを見とおし、きっぱりした行動がとれる。この能力、神に近き頭脳のひらめき、それを使うな、かびでもはやせ。まさか、それが神意ではあるまい

自覚的に福田恆存の訳を引いた。悲劇を招いたのは、ハムレットに「神から授かった理性」があったからである。だからこそ第四幕で、こう語ったのであろう。

立派な行為というものには、もちろん、それだけの立派な名分がなければならぬはずだが、一身の面目にかかわるとなれば、たとえ藁しべ一本のためにも、あえて武器をとって立ってこそ、真に立派と言えよう

こう訳した福田恆存は、「理想家でありながら現実家であるという二律背反――それはハムレットの、のみならず人間生得の、生きかたなのである」と論じた(『人間・この劇的なるもの』中公文庫)。

福田は単に、ハムレットを訳し、評論したのではない。人間を論じたのである。生と死を論じ、人間を「劇的」と評した。そして「劇は究極において倫理的でなければならない。元来は、それは宗教的なものであった。その本質は、今日もなお、失われてはならぬ」と述べた。福田は『人間不在の防衛論議』(新潮社)を憂えたが、令和日本では「人間不在の防衛論議」が跋扈している。

「戦争反対」しか言えない連中は男らしくない。いや、「高貴」でない。つまり卑しい。

自分は守るが、他人は助けない。命が助かれば、それでよし・・・。なんとも卑しい。少なくとも私は剣を取り、後には引かない。