かっぱ寿司が捨てた大事なもの、盗んだ要らないもの

関谷 信之

「かっぱ寿司」(カッパ・クリエイト株式会社)社長の田邊公己氏が逮捕されました。容疑は不正競争防止法違反。前勤務先である「はま寿司」(株式会社 はま寿司)から売上や仕入データなど営業秘密を不正に持ち出した、とのこと。気になるのは、この営業秘密についてです。多くの報道が、

喉から手が出るほど欲しい情報だった」

と、表現している。そんなに欲しいか?それほど重要か?少々疑問です。というのも、これまでの営業秘密漏洩事件と、やや毛色が異なるからです。

過去の大きな事件で漏洩した情報は、

  • 2014年 東芝半導体メモリー研究データ
  • 2020年 積水化学スマホ液晶パネル技術情報
  • 2021年 ソフトバンク5G技術情報

など。研究成果や技術情報が目立ちます。それに比べ、今回持ち出されたのは、売上・仕入データ。やや軽い印象を受けます。

どの程度「未来(予定)」のデータが含まれていたのか。どの程度「ノウハウ」が含まれていたのか、によりますが、過去の実績データが主体だとしたら、あまり役立たない。

田邊容疑者は、「大した内容ではない」「他社の売り上げを知っても仕方がない」「軽い気持ちでやってしまった」と述べている。

「喉から手が出るほど欲しい」というよりも、入手しやすい情報だからもらっておいた、という程度なのではないか。その程度の情報でも、入手したくなるほど追い込まれていたのではないでしょうか。

かっぱ寿司の経営状況が思わしくないことは確かです。本当に必要な対策は何か。回転寿司の特徴から考えてみたいと思います。

かっぱ寿司プレスリリースより

回転寿司の強み

回転寿司の強みとは何でしょうか?

「回っていること」

です。拍子抜けするかもしれませんが、実際にそうなのです。

寿司を間近で見ることができる。食べたことが無いものでも、美味しそう、面白い、「ネタ」になる? と、つい手に取ってしまう。衝動買いです。これが、客単価を向上させる。

また、たくさんの寿司が回っているのを見るのは楽しい(回ってない回転寿司店だと、オーダーが届くまで、ヒマを感じる)。くら寿司(くら寿司株式会社)社長の田中邦彦氏によると、こどもはずっと回転ベルトを眺めているのだそう。この楽しさが、来店客数を増加させる。

「回すこと」が、客単価向上策かつ、客数増加策となる。だからこそ、業界売上1位のスシロー、2位のくら寿司とも、フルオーダー型(寿司をレーンで回さず、注文のみ受け付ける方式)を導入せず「回転」にこだわっているのです。

その仕組み(フルオーダー型店舗)が強いと思えば、取り込むことは全然やぶさかではない。でも、正直、そっちが強いなんて思っていない。
(株式会社FOOD&LIFE COMPANIES(旧スシローグローバルホールディングス)代表取締役社長 水留浩一氏)
回転ずしは続く。空いた場所を取りに行く | 特集 | 東洋経済オンライン

一方、かっぱ寿司は、2014年コロワイド傘下となって以降、寿司を回すことをやめ、フルオーダー型にシフトしました。

このモデル(オリジナル特急3段レーン)では、すべての商品をお客様からの注文後、商品を作りご提供いたします。従来のレーンで回っているお寿司が無くなり、お客様へは更に新鮮な商品をご提供可能となります。
「新かっぱ寿司」 第1弾!かっぱ寿司 安城店 新モデルOPEN!|かっぱ寿司プレスリリース(2015年3月6日)

全てタブレットから注文。廃棄ロスも削減できる。大変効率的です。

しかし、この「効率化」が仇となっていないか?次項で、小売業と比較して考えます。

非効率が収益を生む

アマゾンなどネット販売台頭により、実店舗販売が苦戦している小売業界。確かに、買うものが決まっているなら、はるかにネットのほうが効率的です。

しかし、この「効率化」に異を唱える企業が急成長しています。ドン・キホーテ(株式会社パン・パシフィック・インターナショナルホールディングス)です。

効率化を求めるだけの売り場なら、ネットで買えばいいとなる。衝動買いを誘発するドンキの売り場は、店舗価値を高めることにつながる
(ドンキの正体|週刊東洋経済)

圧縮陳列やPOP洪水(※)で混沌とした店内。決して見やすくはありません。だからこそ、よけいなものが目に入る。衝動買いしてしまう。店内を見きれず「また来よう」と思わせる。一見、非効率的なやり方が、強烈な「顧客体験」となる。商品の魅せ方次第で、客数は増えるし、客単価は向上するのです。

ドン・キホーテ入口

盗むのではなく、学ぶべきだった

回転寿司も同様です。実物の寿司を「回さず」魅せず、タブレットの画像だけで注文させるのは、ネット通販のようなもの。顧客は、店舗に来ても、決まったものを食べるだけ。効率的だけど面白味がない。店側も、新商品の訴求ができず、ニーズも把握しづらい。せっかくの、実店舗のメリットを捨ててしまってはいまいか。

左:かっぱ寿司 右:スシロー(スシロープレスリリースより)

スシローとくら寿司それぞれのトップは以下のように述べます。

回転レーンで回っているすしをみれば「あれ変だけど、面白そうだから取ってみよう、注文してみよう」となる。そういうものがなくなると、すごくつまんないんじゃないかと思う
(株式会社FOOD&LIFE COMPANIES(旧スシローグローバルホールディングス)代表取締役社長 水留浩一氏)
回転ずしは続く。空いた場所を取りに行く | 特集 | 東洋経済オンライン

最近はすしを「流す」(回す)ことをやめている同業他社もありますが、そんなことをしたら売り上げは3割くらい減ってしまうでしょうね。
(くら寿司株式会社社長 田中邦彦氏)
くら寿司・田中社長、危機への備えが試されている:日経ビジネス電子版

かっぱ寿司は、売上が5年間で15%減少。前年度(2022年3月期)の純損益は、助成金収入33億円により、かろうじて黒字となったものの、最新(2023年3月期第1四半期)の純損益は、4億2千万円の赤字に陥っています。

業界3位の「はま寿司」から盗むのではなく、1位の「スシロー」、2位の「くら寿司」から、学ぶべきだったのではないでしょうか。

学んで利益回復を

「味が今一つ」。かっぱ寿司の評価は、あまり芳しくありません。しかし、筆者の主観では、味は「普通」、いや十分美味しい。他社と大きな差は無いように思います。評価の差は、イメージの差から来ているのではないでしょうか。

かっぱ寿司プレスリリースより

スシローは「原価率50%」と、自社サイトで誇らしげに謳っています。飲食業の原価率は30%程度。それよりはるかに高い原価率、つまり良い食材を使ってるスシローが、美味しくないわけがない。そう印象づけるためです。

しかし、財務諸表をみると、かっぱ寿司も(くら寿司もそうですが)、原価率は50%前後。ほとんど変わりません。味も(少なくとも筆者の舌では)差が感じられない。だとしたら、品質以外の面で対策を講じるべきでしょう。今回は、「回す」という商品陳列手法の効果について考察しました。他にも、スシローのイメージづくりや、くら寿司の店舗づくりなど、他社から学ぶべき点は、まだまだあります。

盗むのではなく、学べるものを学び、利益を回復させ、安価で美味しい寿司を提供し続けてほしいと思います。


圧縮陳列:商品を天井に届きそうなほど高く、高密度で陳列する手法
POP洪水:大量のPOPを商品や段ボールに貼り付け商品魅力を訴求する手法
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