謹啓 内閣総理大臣殿:国の原子力政策常設司令塔設置の提案 --- 齋藤 伸三

貴職におかれましては、ますますご清栄のこととお慶び申し上げます。

さて、私ども長年原子力の研究、開発及び利用に携わってきた者として、原子力政策に係る常設の国の司令塔を設置していただきたくお願い申し上げる次第です。

総理は化石燃料中心の経済、社会、産業構造をクリーンエネルギー中心に移行させ、経済社会システムの変革を実現すべく、GX実行会議を設置しました。本会議では総理が議長を務められ、エネルギー経済、環境、経済安全保障の各政策を、政府が一丸となり省庁横断で実現する重要な役割を担うものと拝察します。

そして、去る8月24日の第2回GX実行会議において、原子力の利用に関して既設炉の最大限の活用、新たな安全メカニズムを組み込んだ次世代革新炉の開発・建設、原子力発電所運転期間延長、バックエンドを進めるための積極的関与等を明確にされたことは、資源の乏しい日本の短・中長期的エネルギー確保に向けた力強い政策を示すものとして全面的に支持します

更に、10月3日の臨時国会における所信表明演説において総理は「日本が直面する劇的な難局を乗り切り我が国の未来を切り拓く政策を果断に実行する」との決意を述べられた上で、原子力発電の問題に正面から取り組む旨明言されたことに敬意を表します

昨今の不安定要因が増大する国際情勢のなかでGXを実現するにはエネルギー安定供給の持続性が不可欠です。長期にわたって安定供給を可能とする原子力はGXの主要な柱であることは明らかですが、2011年の東京電力福島原子力発電所事故から11年を経過した現在も原子力の利活用の低迷が続き、不透明さが解消されません。さらに、不透明さの解消には原子力のエネルギーとしての利用に留まらず、核燃料サイクル、廃止措置、放射性廃棄物の処分なども含めて、広く原子力利用に関して国民の理解と信頼を得ることが不可欠です。

現在の原子力の置かれている状況は、既設炉を再稼働する課題はあるものの、その先が不透明であり、産業界は活気を欠いています。この影響は技術者も将来に希望を持てず職場を変え、サプライチェーンの断絶や若者の原子力離れをもたらしています。原子力再興の時期を失すると原子力の開発・建設技術が消滅することが危惧されます。

一方、従来、国は原子力の研究、開発、利用に関する長期計画あるいは原子力政策大綱の策定を原子力委員会に委ね閣議決定してきましたが、2011年の事故以後、原子力委員会の権限を大幅に縮小し、以降、長期的な見通しのある原子力政策を策定する明確な常設の司令塔が存在しません。原子力開発計画立案に参画していた原子力産業界、研究機関、大学、立地地域自治体等は、それぞれの立場から政府・国による長期的視点に立った予見性のある原子力利用の明確な方針を渇望しています。

このために、GX政策の柱として原子力を位置付けられた政府・国が、原子力政策を統合的に立案・調整する司令塔を設置されることを切に要望します。

昨今の不透明さなどの背景を踏まえ、常設の司令塔の設置に際し検討して頂きたい事項を補足資料に示しますので、併せてご配慮下さるようお願い申し上げます。

柏崎刈羽原子力発電所
東京電力HPより

補足資料:常設司令塔で検討いただきたい項目

1.広い視野に立った中長期的視点と予見性を有した政策の立案

政策の立案に当たっては、内閣府の下に常設の審議会を設置し明確かつ力強い中長期原子力政策を国民に示し、その実現に努めて欲しい。

併せて、当面するエネルギー需給構造に対応した政策は基より、事業者が資金計画、技術の維持・開発、人材確保等事業継続の予見性を持てるものであることが極めて重要である。

2.発電分野の政策における重要事項

  1. 既設プラントの再稼働審査を加速すべく人員の補強を含め原子力規制委員会の適切な期限内審査の在り方を追求すること。
  2. 2050年カーボンニュートラル達成を勘案した長期的な原子力発電の必要性を見通すこと。
  3. 原子力発電プラントの新・増設、リプレース計画を早期に明確にすること。
  4. 原子力事業関係者に長期的な事業継続の見通しを提示し併せて政府の資金投入計画を検討するとともに立地地域の共生を図ること。
  5. 早期に新たに導入すべき炉型としては、我が国のエネルギー需要、これまでの技術の蓄積等を考慮し、安全性を一層高めた大型革新軽水炉とし、その開発、設計、建設、運転開始までのロードマップ及び国の支援体制を明確にすること。
  6. 小型革新炉、高温ガス炉、高速炉、核融合炉は、ユーザーの確定、実用化への見通しを評価すること。ただし、高温ガス炉の試験炉HTTRは既に開発済みであり、水素製造は実証段階にあるので遅滞なく進めること。

3.発電上流側政策における重要事項

原子力発電の上流側では、ウランの調達が課題であり将来に向けて安定的に確保する方策を立案しておく必要がある。既に技術的に確立されている海水からのウラン回収の事業化も検討を行なう。

4.発電下流側政策における重要事項

原子力発電の運転を着実に進める上で原子力発電所の使用済燃料の中間貯蔵が大きな課題である。国が前面に立って全国に数か所共同の中間貯蔵施設を設置するか、発電所毎に乾式貯蔵する等早急に検討、指示される事が急務である。

高レベル放射性廃棄物の処分場の見通しは立っていない。国会における議論も含めて政府は前面に立って国民にその必要性を訴え、処分場確保に邁進する必要がある。更に、福島第一原子力発電所からの解体廃棄物、再処理施設の解体廃棄物、研究施設からの放射性廃棄物等の処分場の確保も国の責任において進めることが求められる。

また、我が国は使用済燃料の再処理を原則としてきたが、研究炉及び高温ガス炉使用済燃料については直接処分を検討すべきである。

5.核燃料サイクル政策における重要事項

核燃料サイクルには、軽水炉サイクルと本命の高速炉サイクルがある。前者は、六カ所再処理工場の稼働状況により、「余分のプルトニウムを持たない」条件を満たすようプルサーマルを実施することになり、事業者の課題であろう。

後者は、高速炉実用化への着実な道筋を付けることが重要な課題である。徒に国際協力と称して外国に頼ることなく自国の足下をしっかりと固め一歩一歩進めることが肝心である。また、並行して高速炉燃料の製造及び高速炉使用済燃料の再処理の研究開発も必要となり、それぞれの計画立案を図る。

6.国民の理解と信頼回復

原子力発電に対する国民の理解と信頼は、2011年に発生した東電福島第一原子力発電所事故によって一気に失われた。原子力事業者は安全確保を最優先とし、緊張感を持った事業運営、事業者間の協力と相互チェック等を徹底して実施するとともに住民、国民への透明性のある説明、コミュニケーションを図ることが求められる。国においても事業者を指導、監督し、透明性をもって国民の信頼の回復を図る。

7.21世紀中葉を担う人材の育成

原子力分野に就職を希望する学生が頓に減少していると言われて久しい。学生は新たな職務の将来性が不透明であっては就職先として選択しない。学科選択にあたっても同様である。政府は、このような負のスパイラルを脱却した人材育成策を早期に提示することが肝要である。

※ 本記事は日本原子力学会・シニアネットワーク連絡会、エネルギー問題に発言する会有志・齋藤伸三、石井正則、早瀬佑一、針山日出夫3名の共同緊急提言である。

齋藤 伸三
1966年東京大学修士卒後、日本原子力研究所入所。常陽の安全評価、原子炉安全性研究炉(NSRR)の建設、同炉を用い実験研究に従事。HTTRプロジェクトリーダーを務める。東海研所長、理事長、この間、安全委員会の安全審査専門委員、IAEA,NEA等諸委員会の委員、さらに2003年原子力学会長、2004年原子力委員長代理を歴任。