第20回中国共産党全国代表大会が隠していること

こんにちは。

ほとんど毎回のようになってしまいましたが、また日付が金曜日になってからの投稿であることをお詫びします。

さて、今回は先週の土曜日、10月22日に閉会した第20回中国共産党全国代表大会の陰で何が進行していたかを書こうと思います。

習近平国家主席と常務委員の面々 人民日報より

問題山積の中で開催された20回党大会

この大会は、毛沢東長期政権の後始末に困り抜いた党幹部が自主的に決めた「国家主席の任期は2期10年まで」という内規を2018年に取り払った頃から習近平が狙っていた、永世主席の座を固めるための大会でした。

中国内ばかりか、海外のテレビでも報道されている最中に、前国家主席の胡錦濤氏が強制的に退出させられるという茶番劇もありましたが、政治局常任委員会の定員7名を全部習近平とその取り巻き連で固めるという、異例の1極集中型人事を決定して「無事」幕を閉じました。

この人事についても、衆人環視の中で前国家主席を会場から引きずり出したことについても、習近平の権力基盤が強固になった証拠と語る人が多いようです。「台湾武力侵攻の前触れか」といった観測も出ています

しかし、私は逆にこの党大会は、習近平が反対派による公然たる現政権批判をいかに怖がっているかを見せてしまった大会だったと思います。

現在の中国経済は不動産開発業者の相次ぐ破綻、並行して進む地価・住宅価格の下落「ゼロ・コヴィッド」政策への鬱積する不満と、だれかが火を付ければ爆発する火薬庫のようなものです。

その点を考えても不思議だったのは、今年3月頃からほぼ半年続いたオフショア人民元の下落について、中国政府・中国人民銀行(中国の中央銀行)がまったく手を打つ気配すら見せなかったことです。

オフショア人民元とは、中国政府が「公式」に決める米ドルと人民元との為替レート(国内人民元)とは違って、実際に外国為替市場での需給によって米ドルに対するレートが決まる人民元のことです。

もちろん、中国の企業が海外から融資を受けたり、外貨建て債券を発行したりするときに外貨と交換するのは、オフショアのレートを使います。

そのオフショア人民元がドルに対してどんどん安くなっていったので、ドル建ての借金をしている企業の元利返済負担はかなり重くなっていたのです。

ご覧のとおり、3月末には6.4元で買えていた米ドルが、9月末には7.4元弱まで値上がりし、米ドルは元に対して約2割上昇していました。

ほぼ同じ期間で110円で買えていた米ドルが140円強になっていた日本円ほど強烈なドル高ではありませんが、借金の元利を米ドルで支払わなければならない企業にとってはかなりの負担増になっていたはずです。

2015年に1ドル6.2元から6.4元に上がったときには、中国政府が意図的に元の切り下げを実施したから元が下がったというのが定説になっています。

そこで、ゼロ・ヘッジというウェブサイトは「これほどの元安になっても中国政府が為替市場に介入しないのは、意図的な元の切り下げと見なすべきだ」との論陣を張っていました。

2015年当時に中国当局が元の切り下げをおこなったのは、元が安くなれば、中国製品はすべて海外諸国の消費者から見れば安く買えることになり、中国製品の競争力を高めると見ていたからでしょう。

しかし私は、現在のように中国企業が事業展開の資金に米ドル建て債を使うことが多くなると、製品の価格競争力が強まるというプラスと、ドル建て債の元利返済負担が増えるというマイナスとを比べると、どちらが得とも言えないのではないかと思っていました。

もちろん、輸出をしていない企業や個人にとっては、自国通貨の価値が高くなって海外からの製品やサービスを安く買える元高のほうが有利です。

ですから、これだけ長期にわたって元が下がっているのに中国政府も人民銀行も元高に誘導しようとしないのは、ほんとうに不思議です。

元安による輸出の拡大よりは、むしろドル建て債を発行している企業を少しでも多く潰したり、国有企業に救済させたりして、民間部門を小さく、国有企業を大きくしようとしているのではないかと考えました

元安容認は「政治の季節」だったから?

しかし、それは深読みのしすぎだったようです。

共産党全国代表大会が終わるやいなや、明らかに中国政府・人民銀行が誘導したと思われる元高に転換したからです。

こちらは、縦軸の元が上に行くほど低く、下に行くほど高く目盛ってあるので、下に行けばドル高・元安、上に行けばドル安・元高になっていることにご注意ください。

やはり、中国政府としては、元安よりは元高を望んでいるようです。

過去半年は、党大会の準備だけで手一杯で、為替市場に介入する余裕もなかったのでしょうか。

中国同様に債務返済能力に疑問が生じた国は?

ところで、大幅な下落が続いた円や人民元だけではなく、ほとんどあらゆる通貨に対してドルは高くなっていました。それではアメリカ経済が絶好調なのかというと、決してそうではないのが、為替市場のおもしろいところです。

とくに9月末から10月中旬にかけて、アメリカと中国のソブリンCDS(国が債務不履行状態になれば配当をもらえる仕組みのデリバティブ)が仲良く急上昇しました。

CDSの価格はドルでも金でもなく、ベイシスポイント(1%の100分の1)で測ります。この価格が上がっているということは、それだけ債務不履行状態に陥ると考える人が増えていて、同じ配当をもらうために支払う価格が上がっていることを意味します。

もちろん、CDSの水準としてはアメリカより中国の財政が破綻すると考えている人が多くて、アメリカの約30に対して、123と約4倍高くなっています。

ただ、中国はたびたびこの程度までCDSが高くなるのに対して、アメリカのCDSが瞬間的とは言え30を超えたのは、おそらく国際金融危機の頃以来のことでしょう。

そして、値上がりのタイミングがぴったり一致しているのは、中国の財政が本格的におかしくなるときには、アメリカの財政もまた苦しくなるくらい、このふたつの国の経済は密接に連携しているということです。

ちなみに、最近のソブリンCDSのお値段表をのぞいてみると、米中以外にもかなり急激に値上がりしている国が多いことに気づきます。

ご覧のとおり、これまでは比較的経済運営がうまく行っていると見られていた国でCDSが急上昇する傾向が顕著です。昔から経済がうまく行っていなかった国は、水準は高いけれどもあまり上昇していません。

国名が赤になっているのは、直近の半年でCDSが100%以上値上がりした国、オレンジになっているのは同じく半年で70~90%台の値上がりが見られた国を示しています。

赤とオレンジになっている値上がりの激しかった国々のほとんどがエネルギー供給をロシアに頼る度合いの高かったヨーロッパ諸国ですが、そこにアメリカ、中国、そしてカナダが加わっています

カナダの場合には、中国富裕層による不動産購入に依存した好景気が続いたことが懸念材料なのでしょう。CDS価格から逆算した今後5年以内の破綻確率が1.23%と1%を超えているのは、先進諸国の中ではかなり高い部類に入ります。

それではなぜ、いまだに先進諸国の中でも好調な経済を持続していると見る人が多い、アメリカも中国とほぼ同一のタイミングでCDSが値上がりしていたのでしょうか

アメリカが支えてきた中国の過剰投資体質

私は、中国の危ない過剰投資体質を支えてきたのがアメリカだったという認識が徐々に広まっているからではないかと思います。

とにかく、中国が毎年のGDPのうちから投資に注ぎこむ金額は突出しています。だいたい、先進国では15~25%、発展途上国でも20~35%程度にとどまることが多いのですが、中国の場合、次のグラフが示すとおり投資の対GDP比率が跳び抜けて高いのです。

もう完全に歴史の闇の中に消え去った印象がありますが、1958年、当時の中国国家主席毛沢東が、「農村の全集落を人民公社化し、農業・工業における大躍進を達成せよ」との号令を発しました

農業という自分に見返りがなければやる気になれない作業の多い生産活動をどんぶり勘定にし、1村に1基小型の溶鉱炉を築いて鉄鋼は自給自足せよといった、とうてい正気とは思えない指令を忠実に実行しようとして、巨額の投資がおこなわれました

結果は大凶作で、通常なら豊かな穀倉地帯でさえ餓死する人が出るほど農作物が不足しました。そして、ピークではGDPの43%に達した投資が、大幅に低下したGDPの中で15%を占めるに過ぎないほど縮小しました。

ほぼ正確に半世紀後の2007~09年、国際金融危機で深刻な投資の不振に悩んだ先進諸国、中でもアメリカに「世界の機関車」とおだてられた中国は、その後ほぼ一貫して大躍進のピークを上回るほどの巨額の投資を続けています

中国の対外資産残高の大半は融資や債券投資

中国は自国のGDPの40%以上を投資に振り向けるだけではなく、膨大な金額の投融資を海外から受け入れて、事業活動に使っています

諸外国への投融資の残高から海外から受け入れている投融資の残高を差し引いた中国の対外純資産は、日本、香港、ドイツに次ぐ世界第4位です。

しかし、対外資産の大部分はポートフォリオ投資、債券購入、融資であり、対外直接投資だけを見ると、ほとんどの年で中国は海外に投資をしている金額より、海外から投資を受け入れている金額のほうが多いのです。

ポートフォリオ投資はともかく、債券購入や融資では、超低金利の世の中ではほとんど金利収入はゼロに近い金額です。

そこで、実質的には膨大な金額のポートフォリオ投資、債券購入、融資からの配当・金利収入は限りなくゼロに近い少額なので、第1次所得収支という海外から受け取る配当・金利収入マイナス海外に支払う配当・金利支出は、このところ赤字が定着しています。

中国が鵜で、アメリカは鵜匠

だからこそ、モノやサービスの貿易収支と1次(投融資勘定)・2次(海外からの仕送りや寄付・援助など)所得収支を合わせた経常収支で見ると、中国の対外黒字は意外に小さな数字にとどまっているのです。

ご覧のように、貿易収支が四半期ベースで約1兆2000億ドルの黒字に対して、1次所得収支は約8000億ドルの赤字です。これを足し合わせた経常収支では四半期で約4000億ドル、年間でも1兆2000億ドル程度の黒字にしかなりません。

それだけではありません。黒字額の質で見れば、もう中国の対外収支は赤字になっていると見るべきです。

貿易収支の黒字額はなんらかのモノやサービスに対して支払われているので、その金額の中にはモノを造り、サービスを提供するための原価や販管費がふくまれています。これに対して所得収支の黒字はほぼ全が利益なのです。

もちろん、モノやサービスの対価として莫大な貿易赤字を出しているのに、その赤字のかなりの部分を所得収支の黒字で埋めているのは、世界最大の対外純債務(約8兆ドル)国でありながら、所得収支では黒字を確保しているアメリカです。

アメリカが受け入れている投融資の大部分はほとんど金利の付かない国債であり、自国がおこなった対外直接投資からはかなり高い利回りの配当を受け取っているからです。

中国からの資本逃避はアメリカにも大打撃

今年の第2四半期(4~6月)、国際的な資金の流れに大きな異変が起きました。数年前から「起きる」「起きる」と言われてきた中国からの資本逃避が、ついに始まったのです。

中国から諸外国への直接投資は、第1四半期(1~3月)に比べて1000億ドル弱減少した程度です。しかし、諸外国から中国への直接投資は、約1兆200億ドルから4770億ドルへと5400億ドル以上の激減となっています。

これをコロナ騒動勃発直前だった2019年第4四半期の6534億ドルから、第1次コロナ騒動ピークだった2020年第1四半期の4469億ドルへの減少でさえ約2000億ドルの減少にとどまったことと比較すれば、インパクトの大きさがわかります。

国内の投資資金の大半が国有企業という名の既得権益団体への利権分配に費やされてしまうので、利益を出しながら成長する民間企業の多くが海外からの投融資に頼らざるを得ない中国で、この規模の資本逃避は確実に国民の生活に大きな打撃となります。

そして、中国という鵜にせっせと貿易黒字を稼がせながら、そこからほとんど利益だけの上澄みを奪い取っていたアメリカという鵜匠にとっても、それは深刻な国際収支の悪化を意味するのです。

増田悦佐先生の新刊が出ました。


編集部より:この記事は増田悦佐氏のブログ「読みたいから書き、書きたいから調べるーー増田悦佐の珍事・奇書探訪」2022年10月28日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方は「読みたいから書き、書きたいから調べるーー増田悦佐の珍事・奇書探訪」をご覧ください。