入札不正は繰り返される。かつては「談合天国」とまでいわれた日本である。確かに今世紀に入り、入札改革が進み、独占禁止法が強化され、指名停止の期間が延び、違約金額が大きくなり、入札不正はやりにくくなった。とはいえ、連日のように入札談合事件、入札妨害事件が報じられていることからも分かるように、入札の不正が根絶された訳ではもちろんない。官製談合事件も多い。
ここ数日でその一例が、新たに追加された。2022年11月5日のNHKニュースより(「前橋市発注の水道管工事入札めぐり談合か 元副市長ら逮捕」)。
おととし6月、前橋市が発注した水道管工事の入札をめぐり、市内の業者に落札させるため予定価格を漏らしたとして、前橋市の元副市長が、業者の社長とともに4日、官製談合防止法違反の疑いなどで逮捕されました。
これだけだと「よくある官製談合事件」にしか見えない。競争入札の予定価格を知る立場にある地方自治体のナンバー2が、特定の業者にこの秘密情報を漏洩した。記事からは談合の調整を容易にするための情報漏洩か、当該特定の業者を不当に有利にするための情報漏洩なのかは断定できないが、いずれにせよ犯罪である。
小さな地方自治体だと首長自身が直接関与することもあるが、一定規模になるとナンバー2がよく出てくる。より大きな規模になるといわゆる「特別職」は登場せず、部課長クラスがよく出てくる。大きな組織では最高幹部は細かい話には付き合い切れないのである。
前橋市で副市長・・・規模的に考えて、確かに納得感がある。この副市長は同市の公共工事発注の仕切り役だった、との報道もある(毎日新聞2022年11月6日記事)。
同副市長は「昭和48年に前橋市の職員になり、市の商工部長や教育委員会の管理部長などを務めたあと、平成23年に定年退職」し、「その後、平成24年から6年間、市の水道局を統括する市の公営企業管理者を務め、おととしに副市長に就任し」(同記事)たという。市行政に精通し、人脈豊富な人物で、おそらくではあるが周囲から慕われていたのだろう。
そういう人物が入札不正に関わることは、確かによくある話である。問題は次の点だ(同記事より)
前橋市役所では去年も、当時の課長補佐が官製談合防止法違反などの疑いで逮捕され、その後、有罪となっていて、元副市長は事件の調査委員会の委員長を務めていました。
前橋市のホームページには「官製談合原因究明調査委員会」の紹介があって、そこで、委員長には副市長が就いていたことが分かる。外部有識者もいるがその半数は市内部(部長クラス以上)から選出されている。ただ、過半数を外部にしたから、あるいは全員を外部にしたからそれでよいということでは決してない。外部で固めても機能しなければ意味がない。
去年の事件は一昨年の公共工事の入札に係る不正だったという。今回の事件も一昨年の不正が問題になっている。つまり、(報道内容が正しければ)副市長は同じ時期に入札不正を自ら犯しておきながら、その時期の入札不正を調査する委員会の委員長を務めていたということになる。
筆者は、ひとたび入札不正が発覚した以上、内部者は常に疑うべき存在として扱うべきだ、などというつもりはない。内部者を調査に関わらせてはいけないと断言するつもりもない。ただ、市長は上記調査委員会を立ち上げる際、機械的に「委員長=副市長」としたのではないか。コンプライアンスの最終的な責任者はもちろん首長だが、首長の命を受けるとするならば先ずは右腕の副市長がチームリーダーの候補になる。人物的にも申し分なければなおさらだ。しかし、それは妥当だったか。
副市長自らが不正に関与するというのは「論外」だが、そうでなくとも、行政内部の人間であれば「ことを大きくしたくない」というマインドが働くのは自然であるし、自らが行政に長く関わってきたのであれば、傷口が大きく、深くなれば自身の監督責任も問われかねない。温厚な人物かどうかは関係ない。それは部課長クラスでも同様だ。
そういった責任を問われる情報は部下から上司に上がりにくい。前回の事件では、市は不正の勧誘を受けた職員の数とその内容を調べるなど、それなりの調査をし、予定価格の事前公表(それがベストの対応かは別にして)など相応の対策を打ってきたという(東京新聞2021年6月17日記事、朝日新聞2022年11月5日記事等)。
副市長の不正は確かに「過去のもの」なのかもしれない。しかし、制度面はともかく、ガバナンス面から見れば根深い問題がある。そもそも首長が消極的だったらどうしようもない。
入札不正のケースでは利害関係の可能性すらない外部人材(犯罪が絡む場合は主として法曹)によって陣容を固めるべきだとは思うが、どのような人物に依頼し、どのようなミッションを与えるか等、機能するか否かは、結局は首長のコミットメント(覚悟といってもよい)次第だ。
この種の調査は、チームの中立性、独立性を保ちつつ、どうやって機能させるかが肝になるが、それが難しい。同じことは企業不祥事でも同じことがいえる。第三者委員会が関係者の保身を助けたり、あるいは「自分のため」に行動するようになればそれは改善どころか改悪の結果を招く。
上記調査委員会は最後の総括で、事件の要因が「元上司からの指示に応えたいという」当該職員の自身の気持ちや、当該職員と「業者との長年にわたる業務上でのつながり」の2点が考えられるといい、その結果、「不正の要求を断ることができず、予定価格を漏えいしたと考えられる」と分析している。その上でこう記している。
市政遂行のためには、職員と業者の協力が必要であるが、必要以上に親しい関係にならないよう、業者との接点は業務のみに留め、外部から疑念を持たれることがないよう、職員一人ひとりが意識して業務に取り組む必要がある。
また、上司などからの指示であっても、公務員としての倫理に優先して不正の指示に従うことがないよう、職場環境の構築及び職員の倫理意識を向上していく必要がある。
今回のケースの登場人物は最高幹部である副市長だ。地方自治体のナンバー2の多くは、当該自治体での30年、40年のキャリアを買われて就任することが多い。そこで形成された人脈は当然、各種業界、業者、さらには政治にも及ぶ。実力者故のリスクもある。
そういった人物を調査委員会のトップに据えた事実も含め、市はこの事件を受けて、どのような分析を行い、どのような改革を打ち出すのであろうか。全ての地方自治体にとって他人事ではない問題だ。