過去を永遠に後悔する選択より、不安な未来に生きる選択をした
『政治学者、ユーチューバーになる』は、大学教員を辞し、YouTubeに活動の舞台を移した著者の自叙伝である。
不満はあっても、それなりの収入と社会的地位を捨てることに人は躊躇する。しかし、20代前半で博士号取得の道に見切りをつけ、大学人として主流から外れて生きることを決断した著者には、YouTuberへと転身することに迷いはなかった。
本書は左傾化している政治学者たちの中で、進路に思い悩んだ若き日の著者の想いが赤裸々に綴られている。私は著者が主宰する私塾に一時期籍を置いていたので、著者の口からも実際に聞いたことがある。
過去に大きな決断をしていたからこそ、言論人として新境地を開拓する決断が出来たのではないだろうか。
学校教育では同調圧力に屈する習慣を身に付けさせ、それを協調性と呼んでいる
一度YouTubeを「仕事場」に決めてからの著者の行動は早い。他のYouTuberを参考にしながら、自分自身のスタイルを固めていく。基準は極めて明快で、自分が関心あるテーマを選ぶ。そして視聴者に迎合せずに、「自分の心に忠実になり、嘘をつかない」ことだ。
結果として評判が評判を呼んでチャンネル登録は順調に増えていくのだが、そこから得た知見を基に議論は教育へと移る。著者は日本の教育制度を厳しく批判し、子供にとっては害悪ですらあると喝破するのだ。そこで、オンライン教育で刷新せよ、と提案するのが本書後半部分である。
結果を知った人間が平常時の感覚で訳知り顔に講釈してみせるのは死者を冒涜する行為である
興味深いのは、著者の歴史観が故・安倍晋三氏と重なることである。本書の中で大東亜戦争末期の沖縄戦について、「訳知り顔に講釈してみせる」朝日新聞をこう批判した。この考え方は10月21日に評者が寄稿した書評の中で、谷口智彦氏が安倍氏本人から聞いた話と同じなのである。
「先人がした行為について、いまの尺度を当てて良かったの、悪かったのと言える、あるいは当時の人のふるまいが間違っていたからと、謝ることができると思うのは、歴史に対する思い上がりだ」と、安倍氏はこう言ったそうである(世界の心を揺さぶった言葉の数々:谷口智彦『安倍総理のスピーチ』)。安倍氏が著者の名前を引用した対談を読んだことがある。新しい道へと果敢に進む若き言論人を、生前の安倍氏は評価していたのだろう。
実をいえば、私がアゴラで寄稿する道を作ってくれたのが著者である。私は著者から文章の書き方を学んでいたのだが、コロナ禍を経て退塾してからお会いしていない。
しかし、当時酒席で語っていた著者の姿勢は1ミリたりともブレておらず、その生き方は清々しい。大学の雑務から解放された著者による、大著の発表を心待ちにしている。
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